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短編28.『下悪、焔の如し』

 窮地に立たされていた。

 単なるパロディ商品のはずだった。(全てのクリエイティブがそうであるように)初めは仲間内で始まった悪ふざけに過ぎなかった。

 試しに市場に下ろしたところ、それが売れに売れ、本家を抜いてしまったのだ。

 向こうは日本酒、こっちは焼酎。向こうは醸造、こっちは蒸留。

 棚が違う、味が違う。棲み分けは完璧に出来ているはずだった。

 ただ、誤算は全国の酒屋が二つを隣に並べて売りやがったことだ。

 それが本家の怒りを買い、国を挙げてのネガティブキャンペーンが始まった。

          *

 朝から抗議の電話が鳴り止まない。メールボックスは一秒に数百件の受信、サーバーはパンク寸前。その全てが誹謗中傷、私の精神ボックスも破裂寸前、である。

「だからですね」デスク向こうの専務は朝から耳に張り付けたままの受話器越しに怒鳴っていた。怒鳴ってはいけない。悪いのは私たちなのだから。

 甲高い音がした。音のした方を振り返ると窓ガラスが割れている。投石。原始的な方法だが火炎瓶でなくて良かった、と思おう。

 オフィス家具に当たって止まった石には封筒が巻き付けられていた。開封した手紙には赤文字で一言。

【呪殺怨猿】

 …うん。なんて読むのだろう。ただ少なくとも、恨まれていることだけは分かる。字面から祝福の寿(ことほ)ぎではないことは一目瞭然であり、それは漢字を知る者の哀しみでもある。パロディ商品を作っただけでこの呪われよう。生きづらい時代だ。

          *

「ラベルはB級パロディ、味に至ってはC級以下の最低最悪な焼酎です。こんな商品を作る、この会社への不買運動を起こすべきだと主張しますね、私は。これは酒造業界への大いなる冒涜であります」

 昼のワイドショーでは、利き酒を生業とするコメンテーターがしたり顔で語っていた。むしろ、この男の著作類こそ不買すべきだ。

 味は悪くない、と自負している。何故なら、ウチのNo.1売れ筋商品である某高級焼酎の中身にラベルだけを刷新した、すげ替え商品であるからだ。それは以前、この唎酒師のお気に入りとして紹介して頂いた焼酎でもある。C級以下の味を褒め称えた自らの舌こそパロディだ。

 問題は題字だけ。その題字こそが問題なのだ。人は味など分からない。叩きたいだけ叩かせて、心の中では笑っておこう。

 モラルなどその時代の空気感、でしかない。

 そう、とだけ思っておこう。

#小説 #短編小説 #酒 #日本酒 #焼酎 #上善水の如し #上善如水

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