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短編212.『作家生活21』〜新担当編集、来たる篇〜

 新人賞を獲るには「新しさ」が必要らしい。

 でもそれは結果的に「新しかった」というのが正解なのではないだろうか。無闇矢鱈に「新しい」ものを書こうとして作者が「よし!これは新しいぞ」と胸を張るものが果たして「新しい」のかどうか甚だ疑問だ。

 それは既存の事物に色を上塗りしただけに過ぎないだろう。

 公園の片隅で朽ちていくパンダの遊具と同じだ。

 そんな頭の人間に「新しい」ものが書けるのかどうか今一度考えてもらいたい。

          *

 その電話は唐突に掛かってきた。全ての電話がそうであるのと同じように。

「先生の担当編集がようやく決まりましたよ」原稿を載せてもらっている雑誌出版社の編集長だった。
 ーーー先日まで来ていた(似非)担当くんの姿が脳裏をよぎる。着物、京都弁。結局、あいつは誰だったのだろう。

「ありがたいね。担当編集者がいるといないでは仕事の効率が随分と変わるからね」実際はそうでもなかった。
「今日、この後にでも担当編集に挨拶に行かせますんで」
 先程から編集長は”担当編集”とだけ言っている。何故、最後まで言わずに略すのか理解に苦しむ。
「新しい担当編集者はどんな人?男?女?」
「担当編集は多分、十時にはそちらに着くと思うので宜しくお願いします」

 電話は既に切れていた。全ての元恋人との関係性がそうであるのと同じように。私の質問は全て宙に浮いたまま凍りついていた。全ての愛の終わりがそうであるのと同じように。ファック。

          *

 九時五十九分。オフィスの外でキャタピラの音がする。これから工事だろうか。仕事に支障が出そうだ。今日中にあと三十枚書かなければいけないこちらの都合などお構いなし、か。迷惑千万だ。

 十時ちょうどにチャイムが鳴った。新しい担当編集者は時間に正確な人間らしい。それとも工事関係者が挨拶にやってきたのだろうか。もしそうであれば、作家的語彙を総動員した皮肉の一つでも言ってやろうか。素人にはそれと分からないように。

 私はインターホンに付いたカメラを覗いた。

          *

 そこには人型のマシーンが映っていた。ーーーこれは…どっちだ。さすがに担当編集者ってことはなかろう。最近の工事機器も進化したものだ。

「はい?」インターホン越しに声を掛けた。
「ドウモ。出版社からやって参りました、新しい担当編集AIデス」

 …前者だった。者?ではないのか。先程の電話で編集長が語尾を濁していた意味が分かったような気がした。



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