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セーフティーネットによって #どう守る私たちの仕事。統計データから現状を読み解く

日本経済は長期停滞を続け、1990年代以降は経済成長の伸びが鈍化している。社会厚生を増大させ、国民に経済的利益等を分配することは課題であると考えられる。経済は停滞する一方で、1990年代以降にはインターネットが普及し、私たちの暮らしが豊かになった部分もある。たとえば、1997年には人口普及率で約10%であったインターネットは、現在ではスマートフォン等を使用してほとんどの人が利用するようになっている。インターネットによって、物理的な障壁が低くなることによる便益などは拡大した。

現在、米国ではFAANG(Facebook、Apple、Amazon、Netflix、Google)と呼ばれるテック企業が興隆している。私たちの生活はこれらの企業が提供するサービスにより便利になっているが、しかし労働者の働き方も変容している。シェアリングエコノミーやギグエコノミーと呼ばれる経済圏では労働者の社会保障、すなわちセーフティーネットが課題であるとされる。

日経COMEMOでは、#どう守る私たちの仕事 というテーマで意見募集をしていた。

本文では、労働市場と社会保険制度の現状を確認した上で、これからのセーフティーネットのあり方について考えてみることとしたい。

1 格差は拡大しているのか?

日本経済は1991年にバブル期が終了し、多くの学生等の就職が困難となる「就職氷河期世代」が生まれた。また2008年には、米国で発生したリーマンショックによる金融危機により、日本国内でも多くの派遣労働者等が失業した。現在ではCOVID-19の影響により、第2の就職氷河期世代が生まれるのではないかとの懸念もある。

労働市場には、性別、学歴、卒業年によって区分されたグループによって、実質賃金、採用等に影響をもたらす世代効果があるとされる。

日本国内では格差は拡大しているのか。セーフティーネットについて考える上で、まず格差について確認することとする。

 1.1 ジニ係数を確認する

ここでは、ジニ係数と呼ばれる所得の不平等や格差を表す指標について確認することとする。ジニ係数は0から1の値をとり、0に近いほど不平等や格差が小さく、1に近いほど不平等や格差が大きいことを示す。2002年から2017年までの世帯人員別における当初所得および再分配所得のジニ係数を可視化したものが下図である。

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世帯人員でみると、人員が少ないほどジニ係数の値が大きくなっていることが分かる。gini_afterで表した再分配所得のジニ係数を確認すると、1人世帯のジニ係数は0.3784(2017年)となり、世帯人員別では最も値が大きくなっている。1人世帯には高齢者世帯も多く存在すると考えられるが、高齢者のセーフティーネットの構築も課題であることが考えられる。また、就職が困難である学生や生徒に対する就職支援等も、セーフティーネットとして機能すると考えられる。

2 労働市場におけるセーフティーネットについて考える

ジニ係数により不平等や格差について確認してみたが、私たちは就職して働き始めた後、何らかの理由により失業をする場合があるかもしれない。自発的な理由により会社を辞めることもあれば、景気後退による会社の業績不振により会社を辞めることも考えられるだろう。失業した時になんらの所得保証もない状況だったらどうだろうか。次の仕事を探している間の生活が困難となる。また、会社を辞めることを過度に避けるようになるだろう。さらに、労働者の移動も少なくなり、産業構造の転換は遅くなるだろう。

雇用保険法第1条は、労働者が失業した場合(もしくは雇用の継続が困難となった場合)に必要な給付を行うことで、労働者の生活及び雇用の安定を図るとともに、求職活動を容易にする等その就職を促進することを目的として定めている。この生活を安定させるために行う給付として、失業給付が挙げられる。雇用保険は失業に対するセーフティーネットとして機能している。

2では労働市場の状況、すなわち正規・非正規労働者の推移について確認した上で、雇用保険の被保険者割合と受給者割合について分析することとする。

 2.1 正規・非正規労働者の推移について

まず、正規・非正規労働者数について確認してみる。2002年から2019年までの推移について可視化したものが下図である。

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男性の正規労働者数は概ね横ばいの傾向にあるものの、非正規労働者の数は増加の傾向にある。2002年には500万人を下回っていた男性の非正規労働者数は、2019年には約700万人となっている。この内訳には、定年退職後に非正規労働者として働く男性も含まれると考えられるが、今後も注視する必要はあるだろう。

一方、女性は男性と同様に非正規労働者の数は増加しているが、正規労働者の数も2014年以降は微増の傾向にある。企業等による保育所の整備により、女性の留保賃金が低下したためと考えられる。これにより、これまで労働市場から退出していた30代および40代の女性の労働市場への復帰が進んだことも考えられる。

 2.2 雇用保険の被保険者割合と受給者割合の推移等について

2.1では正規・非正規労働者の推移について確認してみたが、続いて雇用保険の被保険者割合と受給者割合について調べてみる。2012年度から2018年度までの雇用保険の被保険者割合と受給者割合の推移について可視化したものが下図である。

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被保険者割合=被保険者数/雇用者数(年齢計)
受給者割合=基本手当受給者実人員/失業者数(15-64歳)

雇用保険の被保険者割合は、男性が70%代の水準、女性が70%を少し下回る水準で推移している。一方、雇用保険の受給者割合は、男性が20%を下回る水準、近年は上昇の傾向にあるが、女性は30%代の水準となっている。2018年度の雇用保険の受給者割合は、男女計では30%を下回る水準となるが、『日本のセーフティーネット格差』によると、1980年代前半の受給者割合は60%近くあった。すなわち、セーフティーネットとしての雇用保険は、受給者割合のみで考えると機能が低下していることが分かる。

それでは、失業しているのに雇用保険を受給していないケースは、どのようなものが考えられるか。たとえば、(1)雇用保険の受給資格がない場合、(2)雇用保険を受給していたが給付期間が終了してしまっている場合(もしくは、給付制限期間にある場合)、(3)雇用保険の申請自体をしていない場合、が考えられるだろう。

(1)の受給者資格がない場合はさらに、失業前に被保険者でないケース、被保険者であっても一定の被保険者期間を満たしていないケースがあるだろう。2.1で確認した非正規労働者の増加の傾向は、雇用保険の受給資格を満たさないケースを増加させることも予想される。現在のCOVID-19による影響は、正規労働者より不安定な雇用である非正規労働者の方が大きいだろう。(2)の給付制限期間については、2019年に開催された厚生労働省の労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会において、現在の3ヶ月から2ヶ月に短縮する方針が示された。これにより、雇用保険のセーフティーネットとしての機能が高まることも期待される。

これまでみてきたように、雇用保険の受給によるセーフティーネットとしての機能は低下しているようにみえるが、求職活動を容易にする等その就職を促進することによるセーフティーネットの機能を高めることも重要だろう。たとえば、雇用保険の受給の手続きを行うハローワークに求職登録をした者に対して、求職活動へと行動を促すメッセージをメール等により配信することも、ひとつの方法として考えられるだろう。長期間の失業給付は職探しのインセンティブを低下させる。失業期間を長期化させないためにも、行動経済学の活用等による求職者支援は重要である。

3 社会保険(年金)とセーフティーネットについて

私たちが就職し、そして働き、会社を退職して老後を迎える。その老後の生活を安定して支えるための制度として年金がある。ここでは都道府県別の国民年金保険料納付率と失業率との関係を確認し、セーフティーネットについて考えてみることとしたい。

まず、都道府県別の国民年金保険料納付率と失業率の関係を可視化したグラフが下図である。

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このグラフからわかることは、国民年金保険料納付率と失業率の間には負の相関関係があるということである。すなわち、失業率が高い都道府県ほど、国民年金保険料納付率が低下するということである。

それでは、国民年金の未納の問題は何か。国民年金の未納は年金受給額の減少、さらに老後に無年金となる可能性も考えられる。1.1でジニ係数について確認したが、1人世帯でのジニ係数が大きくなっていることがわかった。この1人世帯には高齢者世帯が多く含まれることも予想される。老後の生活の安定のために年金がセーフティーネットとして機能するためには、国民年金の未納は問題となる。また、2.1で確認したように、男性および女性ともに、非正規労働者は増加の傾向にある。雇用の安定も重要である。労働市場の世代効果によって、長期にわたり就職することが困難であった世代に対する支援は求められる。安定した社会保険制度のためには、労働市場における評価機能を高め、労働者と企業のマッチング機能を充実させることも重要である。

現在はフリーランス型の働き方をする労働者も増加している。新しい働き方をする者が、セーフティーネットから漏れ落ちないようにすることも、今後の課題だろう。

4 おわりに

世界で最初の社会保険制度は、プロイセンのビスマルクによる1883年の疾病保険法である。英国では、1942年に「ゆりかごから墓場まで」をスローガンとする『ベヴァリッジ報告』が提言された。このべヴァリッジ報告により、戦後多くの国で福祉国家が広がっていった。

これからの私たちの仕事を守っていくためには、シン・ホショウをつくることも重要だろう。シン・ホショウでは、労働者や企業も変化していくことが最大のセーフティーネットになる可能性が考えられる。これまで築き上げてきた制度の上に、さらに私たちでつくっていく。

2100年に向けて、

いつ変わる?今でしょ。



【参考文献】
酒井正(2020)『日本のセーフティーネット格差:労働市場の変容と社会保険』慶應義塾大学出版会
総務省「情報通信白書」
総務省「労働力調査」
厚生労働省「雇用保険事業年報」
厚生労働省「所得再分配調査報告書」
厚生労働省「国民年金の加入・保険料納付状況」

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