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【メモ】新型コロナウイルスが労働市場に与える影響等について

2019年に新型コロナウイルス(COVID-19)が中国で確認されて以降、世界経済は大きく減速した。また人の移動やフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが制限されるなど、私たちの生活も変化を迫られることとなった。たとえば、都市は人、物、資金、アイデアなどが集まることにより生産性を向上させ、また企業もサプライチェーンの効率化を図ることなどにより大きく発展してきた。これらは、経済学における集積の経済や規模の経済によっても説明できる。しかし、新型コロナウイルスは都市の密度を低下させることや、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを避けることで感染拡大を防止することが出来る。コロナウイルスの感染拡大防止と経済活動の活性化にはトレードオフの関係があると考えられる。このため、企業では物理的なオフィスに出勤することではなく、リモートワークの活用によって新型コロナウイルスの感染拡大防止を図りながら、企業活動の継続を行うことが出来る。しかし、森川(2020)の研究が示すように、テレワークの生産性は物理的なオフィスに出勤する場合と比較して約70%になるとの試算もある。さらに、川口(2020)はタスクによりテレワークがなじまない業務があることも示している。たとえば、医療やサービス業などに従事するエッセンシャルワーカーと呼ばれる職種はテレワークが難しいと考えられる。
ジュネーブ国際高等問題研究所のリチャード・ボールドウィン教授は「遠隔移民」という概念を用いて、リモートワークやAIにより仕事が代替されることを説明している。テレワークにより地理的な制約を超えて仕事のマッチングを実施できる可能性や、さらに短時間勤務で働きたい女性や高齢者等の労働力を活用することもできると考えられる。新型コロナウイルスの影響に対しては、リモートワークとオフィス出勤による働き方をコンバージェンス(融合)していく働き方も課題であると考えられる。
本稿では、新型コロナウイルスが労働市場に及ぼす影響を分析し、新型コロナウイルスに対する今後のあり方を検討することとしたい。

1 厚生労働省「一般職業紹介状況」より労働市場の状況を分析する

新型コロナウイルスが労働市場に及ぼす影響について、まず厚生労働省「一般職業紹介状況」を用いることにより分析することとする。はじめに、直近の新規求職・新規求人・就職件数を確認する。
下図は、パート除く常用の2018年1月から2020年12月までの新規求職・新規求人・就職件数の推移を表している。

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図を確認すると、「事務的」な職種は新規求人を新規求職が上回る期間が続いている。また、「運搬・清掃・包装等」の職種は新規求人と新規求職が同水準で推移しているが、このほかの職種は新規求職より新規求人が上回っている。これは、2012年12月に成立した第2次安倍内閣のアベノミクスなどにより、景気の回復基調が長期に渡って続いた影響なども考えられるだろう。
それでは、新型コロナウイルスの労働市場への影響を確認するため、2019年1月から2020年12月までの新規求職・新規求人・就職について、2018年同月比で調べてみることにする。

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まず、新規求職を確認すると、「事務的」、「販売」、「生産工程」、「運搬・清掃・包装等」の落ち込みが大きくなっている。新規求職は多くの職種で2020年2月頃から大きく低下し、いったん回復傾向を示したが、同年8月頃から再度低下の傾向を示している。2020年2月および8月における新規求職の落ち込みは、2020年1月に新型コロナウイルスがメディアで大きく取り上げられ求職者の行動に変容があったこと、新型コロナウイルス感染症緊急経済対策の補正予算により実施されたGoToトラベルキャンペーンが2020年7月22日から開始されており、同時期に新型コロナウイルスの感染拡大が取り上げられていた影響もあると考えられる。
実際に、Googleトレンドを利用して「新型コロナウイルス」に対する関心(検索数)を調べてみることにする。図を確認すると、新型コロナウイルスに対する関心の最初のピークは、2020年1月26日から2月1日までの期間にあったことがわかる。

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また、同年4月19日から25日にかけて、「新型コロナウイルス」への関心が最も高くなっている。そして同年5月以降、「新型コロナウイルス」への関心は低下の傾向にあったが、同年6月末ごろから再び上昇のトレンドにあった。このように、「新型コロナウイルス」への関心は求職者の行動に影響を及ぼしていた可能性も考えられる。
次に、新規求人を確認すると、新規求職と同様に「事務的」、「販売」、「生産工程」、「運搬・清掃・包装等」の落ち込みが大きくなっている。これは、kikuchi et al.(2020)などの研究が示すように、新型コロナウイルスの影響は一般的な業務か、フレキシブルな業務か、により産業への影響は異なり、対人的で、非フレキシブルな業務であるサービス業等への影響が大きいためであると考えられる。また、新規求人の低下は新規求職の時期と少しずれがあり、2020年4月および5月、また同年7月および8月ごろの低下が最も大きくなっている。これは、2020年4月7日から5月25日にかけて発令された「緊急事態宣言」の影響により、企業活動の低下がみられたためであることも予想される。
最後に、就職件数について確認する。就職件数は、新規求職の低下と同様に落ち込んでいる。一方で、その後の低下も見られるが2020年6月ごろより新規求職も回復しており、特に「専門的・技術的」、「事務的」、「サービス」、「生産工程」、「販売」は新規求人の低下と相まってミスマッチが拡大する可能性も考えられる。したがって、これらの職種に対する助成金や、職業訓練等を実施し、職種間移動によりミスマッチを減少させる対策も必要であると考えられる。

2 基本手当の支給状況等について調べる

続いて、厚生労働省「雇用保険月報」より、基本手当支給金額(延長給付含む・除く)、受給者実人員を調べてみる。

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図を確認すると、延長給付を除く基本手当支給金額は2020年6月、7月に伸びており、延長給付を除く基本手当支給金額は同年9月、10月にピークを迎えている。これは、延長給付がなかったと仮定した場合、2020年6月、7月に基本手当の支給満了だった求職者が、延長給付が存在することにより同年9月、10月まで基本手当を受給することができたと考えることもできる。また、延長給付を除く基本手当支給金額は2020年9月がピークであるため、延長給付がある場合でも同年12月、2021年1月ごろに基本手当が支給終了となる求職者が多く存在すると考えられるため、これらの者に対する求職者支援はより重要になるだろう。

3 新型コロナウイルスの事業主への影響について調べる

1、2では新型コロナウイルスの労働市場への影響を確認してみたが、最後に事業主に対する影響を調べてみることにする。事業主が雇用維持を努められるようにするため、現在では雇用調整助成金の制度が存在する。出向により雇用維持を図る産業雇用安定助成金の創設が決定しているが、ここでは2020年4月から11月までの廃止事業所数、雇用調整助成金の支給決定件数および支給決定金額を確認する。

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図を確認すると、廃止事業所数は2020年9月が最も大きくなっている。さらに雇用調整助成金の支給決定件数および支給決定金額を確認すると、2020年8月から9月にかけて伸びをみせている。雇用調整助成金が雇用維持に対して影響を与えたかどうかは、たとえば2019年同月比との比較などにより分析をする必要はあると考えられるが、kodama, kawaguchi(2020)による研究では、雇用調整助成金の支給基準と事業継続見込みを分析すると、持続化給付金と異なり、雇用調整助成金には効果が見られないとされている。また同研究では、手続の簡素さや透明性が重要であることも示されている。したがって、産業雇用安定助成金が創設された場合においても、制度の運用面が課題となることも考えられる。

4 おわりに

新型コロナウイルスの労働市場への影響を詳細に分析するためには、2008年に発生した世界金融危機の影響と比較することも望ましいと考えられる。マクロ経済学の分野では、一般に不景気に対しては、男性よりも女性の方が強いことで知られている。これは、女性労働者が比較的多いサービス産業が製造業に比べて景気循環の影響を受けにくいためである。世界金融危機後、日本国内でも「派遣切り」が話題となり、多くの男性労働者が失業した。しかし、新型コロナウイルスの影響は外出自粛やフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションなどが制限されることによりサービス産業への影響も大きくなっている。そして、女性労働者や低学歴の労働者が大きな経済的リスクにさらされている。
今後は、ジョナサン・ハスケル氏らが述べる「無形資産」への投資も課題であると考えられる。日本のICTへの投資は、米国と比較すると低迷している。ICTへの投資は生産性の改善を通じて、TFP(全要素生産性)を向上させることになる。また、ハスケル氏の「無形資産」を広義で捉えると、野中郁次郎教授が提唱したSECIモデルなどのナレッジマネジメントも含まれると考えられる。SECIモデルは暗黙知を形式知化するプロセスであり、これは業務の標準化などにも役立つと考えられる。情報の非対称性を利用し、情報を独占することで権力を占めていた上位の役職者から、組織がよりフラット化することにもなるだろう。組織の経済学を考える上では、集権型から分権化されることで、組織の効率性や透明性が高まり、経営におけるパフォーマンスが向上することも考えられる。リモートワークの活用とともに、マネジメントのあり方を変えていくことも課題であろう。
新型コロナウイルスは労働市場へ大きな影響を与え、また働き方なども変容を迫られることになった。1979年にエズラ・ヴォーゲル氏が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を著してから半世紀近くが経った。変わることが出来なかった失われた30年を経て、新型コロナウイルスを契機に、日本国内が多くの課題を改革していく時代となることを期待する。


【参考文献】
■森川正之(2020)「コロナ危機下の在宅勤務の生産性:就労者へのサーベイによる分析」RIETI Discussion Paper Series 20-J-034
■川口大司(2020)「誰がテレワークできるのか?仕事のタスク特性と労務管理手法に着目した分析」リクルートワークス研究所編「全国就業実態パネル調査 日本の働き方を考える2020」Vol.1(https://www.works-i.com/column/jpsed2020/detail001.html)
■RIETI BBLセミナー「日本の新型コロナウイルス対策とスモールビジネス-短期的、中長期的な感染症予防と経済の両立」2020年7月28日。
■菊池信之介・北尾早霧・御子柴みなも(2020)「新型コロナ(COVID-19)危機が引き起こす格差の拡大」CREPEコラム7号。
■川田恵介(2020)「COVID-19が求職・求人マッチングに及ぼす影響」CREPEコラム8号。

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