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【メモ】雇用対策協定の政策評価の検証について

エビデンス(根拠)とは何だろうか。たとえば、民事訴訟は当事者間の紛争について裁判所が事実を認定し、それに法律を適用して結論を導き出す。裁判所が事実を認定するため、証明に用いられる資料のことを証拠と呼ぶ。昨今叫ばれていたはんこも、文書の真偽の証拠となるとこれまで考えられていただろう。
医療分野においては「良心的に、明確に、分別を持って、最新最良の医学知見を用いて」行われる治療のことをEBM(Evidence Based Medicine)、根拠に基づく医療である呼んでいる。2009年にGoogleのチーフエコノミストであるハル・ヴァリアン氏がデータサイエンティストについて述べたように、医療分野だけなく企業においてもエビデンスであるデータを活用した企業戦略が注目されるようになっている。ビジネスにおいてデータを活用する企業は経営に与える影響も大きい。日本国内ではエクセル経営でアパレル業界をリードするワークマンが近年は有名である。医療分野や企業戦略における証拠、エビデンスとは、手段と目的との間に因果関係があるかどうかであると考えることができるだろう。エビデンスの活用により、目的に対するインパクトを拡大させることができる。
エビデンスの活用は医療分野や企業に限らず行政においても同様で、欧米の先進国ではエビデンスに基づく政策立案(EBPM)の導入が進んでおり、英国のトニー・ブレア政権が雇用、教育、医療、福祉といった分野で活用したことでも有名である。「何が有効か」を示すエビデンスの活用により、限られた予算や資源を効果的に利用できる。日本では2014年から経済統計を中心とする抜本的な統計改革が進められてきたが、2018年12月に厚生労働省の統計不正問題が発覚した。統計学は「statistics」であり、国家の「state」と同じ語源を持つ。統計は国の状態を現し、統計が経済社会構造の変化を横断的に正確に反映することで、データというエビデンスの活用もうまく進む。そしてエビデンスを活用した政策を推進することで、国の状態はこれまでより良くなっていくと考えられる。だが、政策過程はストリートファイトであり、泥臭く、エビデンスに基づく政策立案の実現は困難であるという論もまたある。しかし政策過程がストリートファイトであっても、昇竜拳やソニックブームを繰り返しているだけでよいことを意味するわけではない。ストリートファイターでも相手の動きなどを分析することで戦略を立て、技の有効性が高まる。現実を織り込みながらEBPMの思考法を実装していく必要もあるだろう。

本稿では、統計データを用いて雇用対策協定の締結が労働市場に与えた影響について検証する。

1 雇用対策協定とは

国が少子高齢化による人口構造の変化等の経済社会情勢の変化に対応して、労働政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講じることで労働市場の機能が適切に発揮され、これにより労働者が有する能力を有効に発揮することができるようにし、経済社会の発展や完全雇用の達成に資することを目的として、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の安定及び職業生活の充実等に関する法律」が定められている。そして同法第31条においてこの目的を達成するため、国と地方公共団体との連携が定められている。具体的には、国の行う職業指導及び職業紹介事業等と地方公共団体の講ずる雇用に関する施策について、相互の連携協力の確保に関する協定の締結や実施等である。この規定に基づき、若者の安定雇用の確保、女性の活用、活躍の推進、働き方改革の実行や労働環境の整備等に取り組むため、国と地方公共団体は雇用対策協定を締結する。2020年3月31日時点では205自治体が雇用対策協定を締結している。
本稿では雇用対策協定の政策評価を検証するため、厚生労働省「一般職業紹介状況」、総務省「労働力調査」のデータを用いて、雇用対策協定の締結が労働市場に与えた影響について定量的に検証することとする。

2 雇用対策協定の締結が労働市場へ与えた影響

本節では雇用対策協定の締結が労働市場へ与えた影響を検証するため、群馬労働局と栃木労働局の比較を行うこととする。群馬労働局は2015年5月に太田市と雇用対策協定を締結しており、これは北関東で最初となる。また栃木労働局は2016年2月に那須塩原市と雇用対策協定を締結し、これは県内で最初となる。このため、2014年1月から2016年12月にかけての新規求職、新規求人、就職件数を確認し、雇用対策協定の締結が労働市場に与える影響を検証することとする。本来であれば公共職業安定所が管轄する地域での比較により影響を識別することが望ましいと考えられるが、e-Statでは都道府県単位のデータのみが公開されているため、県単位での比較により検証を行う。

2.1 群馬県と栃木県の労働市場の数字をみる

群馬労働局と栃木労働局の比較を行う前に、群馬県と栃木県の労働市場について調べる。まず、労働力人口、非労働力人口、失業者数を2014年と比較したものが下図である。

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図を確認すると、群馬県および栃木県の労働力人口、非労働力人口、失業者数いずれもが横ばいまたは減少している。2012年12月から2018年10月にかけてアベノミクス景気と呼ばれる景気拡大期間が続いていた影響も考えられるが、失業者数の減少が大きい。群馬県と栃木県を比較すると、栃木県の失業者数の減少の割合が大きくなっている。また、非労働力人口も減少しており、これは景気の回復基調において労働市場へ参加する労働者も少なくなかったためであると考えられる。

2.2 新規求職・新規求人・就職件数の数字を比較する

続いて、雇用対策協定の締結が労働市場に与えた影響について検証するため、新規求職・新規求人・就職件数の比較を行う。まず、2014年1月から2016年12月にかけての新規求職・新規求人・就職件数の推移を確認する。

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図を確認すると、群馬労働局および栃木労働局のいずれも新規求職、就職件数は減少し、新規求人は増加のトレンドにある。季節調整値ではなく原数値であるため季節要因の影響を取り除いていないが、群馬労働局および栃木労働局は同様のトレンドを示しているとみることができる。
群馬労働局が太田市と雇用対策協定を締結した2015年5月前後の新規求職、新規求人、就職件数の数字を表で確認すると、群馬労働局における新規求職者数は2015年5月から6月にかけて4,354人から4,601人と増加しているが、栃木労働局における新規求職者数も同様に6,931人から8,031人と増加している。また、新規求人、就職件数も群馬労働局と栃木労働局は同様の傾向を示していることが確認できる。

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さらに、雇用対策協定の締結が新規求職、新規求人、就職件数に与えた影響を確認するため、2015年1月から2016年12月にかけての新規求職、新規求人、就職件数を2014年同月と比較してみる。

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図を確認すると、全国、群馬労働局、栃木労働局の新規求職、新規求人、就職件数はいずれもほぼ同様の傾向を示している。すなわち、新規求人は増加傾向、新規求職および就職件数は減少傾向である。しかし、群馬労働局は2015年2月および11月、2016年2月および11月の新規求職が2014年と比較し増加している。また、新規求職が増加した影響であると考えられるが、同月の就職件数も増加している。2017年以降を確認していないため確実ではないが、これらは群馬県内の労働市場における季節要因であることも考えられる。図からは、群馬県内と栃木県内の産業や立地する企業が異なる性質を持ち、労働市場への影響が異なっていることも予想できるだろう。群馬労働局において例年このようなトレンドを示していると仮定した場合、毎年2月および11月に何らかの雇用対策を実施することも有効であることも考えられる。
さらに雇用対策協定の締結が労働市場に与えた影響を検証するため、2014年同月と比較した2015年5月から7月までの新規求職を確認すると、群馬労働局がそれぞれ-0.087、-0.026、-0.094となっており、栃木労働局はそれぞれ-0.010、-0.044、-0.079となっている。次に新規求人は、群馬労働局がそれぞれ0.038、0.004、0.056。栃木労働局はそれぞれ-0.073、0.098、-0.030となっている。最後に就職件数は、群馬労働局がそれぞれ-0.139、-0.027、-0.068。栃木労働局はそれぞれ-0.071、0.017、-0.001となっている。新規求職の減少は就職件数を減らす方向に動くと考えられるが、雇用対策協定の締結が求職と就職のマッチングを大幅に向上させたとは言えないかもしれない。

3 おわりに

本稿では新規求職、新規求人、就職件数の変化から雇用対策協定の締結が労働市場に与えた影響を検証してみた。そして雇用対策協定の締結が失業者の減少や新規求職、新規求人、就職件数に大きな変化を与えたかは判断が難しいところである。雇用対策協定の締結よりも公共職業安定所の資源を拡大させる方が、新規求人や就職件数は増える可能性も考えられるだろう。しかし労働市場全体では、公共職業安定所からの入職は約2割となっている。また雇用対策協定の締結は新規求職、新規求人、就職件数とは異なる指標に影響を与えていることも考えられる。
本稿では統計データを用いて雇用対策協定の締結が労働市場に与えた影響を検証してみたが、政策の実装にあたってはストリートファイトだけでなく、EBPMの思考法を導入していくことも課題であると考えられる。より良い政策実現や制約された資源で大きなインパクトを与えるためには、ロジックモデルや専門的知識などの活用を進めることも今後求められるだろう。


(´-`).。oO(ストリートファイターといえば梅原大吾氏の背水の逆転劇も有名ですね。)


【参考文献】
■佐々木勝・安井健悟(2014)「2007年改正雇用対策法の政策評価-経済学的アプローチ」『日本労働研究雑誌』642号、pp.31-44。
「労働局と地方自治体による雇用対策協定の締結」(厚生労働省ホームページ)

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