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諦めること

「人生諦めが肝心」

小さい時、仲良しのMちゃんと同じピアノ教室に通っていた。私もMちゃんもピアノが大好きで練習には余念なく励んだけれど、揃いに揃って心配性で本番に弱かった。発表会の当日、ギリギリまで指を動かしながら「あーここが弾けない」「まだ完成してないよー」とじたばたする私たちに、Mちゃんのお母さんが突然放ったのが冒頭の言葉だった。

そんな前衛的な教え、学校では習ったことなかったから衝撃を受けた。と同時に、どこか自分の中で腑に落ちるものがあった。ああそっか。今さらじたばたしてもしょうがない。もう泣いても笑っても本番で出せるのは昨日まで練習した分の成果なのだ。そう思った瞬間にふっと肩の力が抜けた。上手く弾きたいという、執着から解放されたのだ。あとは今までの練習を信じて、潔く本番に臨むだけ。

Mちゃんのお母さんの言葉には、その後人生で何度もお世話になった。テストの直前、とんでもない失敗をやらかした後、やりたいことが終わらなかった時。その度に「人生諦めが肝心」と唱えると、自分を縛っていたプレッシャーや執着から解放された。

今年、コロナで色んな状況が変わった。友達に会いたい、おばあちゃんに会いたい、旅行に行きたい。でも今はしょうがない、あきらめよう。子供の頃から夢に見ていた結婚式、これもあきらめよう。心が揺れないように淡々と日々を送った。

でも、色んな気持ちを手放していくうちにおかしなことに気づいた。あれ、私、楽になってない。これじゃ何を楽しみに生きているのか分からない。

「諦める」というのは、本来「物事の道理や真相を明らかにする」という意味だそうだ。真の有り様を明らかにすることで執着や負の感情から逃れることができると。

色んな気持ちをただほいほいと手放すことは、自分の気持ちを無視することだ。手放そうとして、そこに苦痛が伴うのであれば、それは簡単に手放しちゃいけない大切な自分の気持ちだ。望みを叶えられない状況で、どうやって自分の気持ちと折り合いをつけられるか真剣に考えて初めて前に進めるのかもしれない。

今年はオリンピックや甲子園をはじめとして、たくさんの人生の舞台がなくなった。こんな状況でチャンスを奪われ諦めざるを得なかった人達が、がんばってきた過去や夢に向かってきた大切な気持ちを手放さずに前に進めますようにと切に願う。

#新型コロナウイルス #悩み #エッセイ #つぶやき #夢