【性別適合手術と妻へのプロポーズ10】性的マイノリティであるという告白を、彼女は「私には関係ない」と言いました
妻となる女性と出会ったのは、友人が企画したデイキャンプでした。
当時、私はホルモン療法を開始してしばらくたった時期でした。髪型や服装などはできるだけ男性に見えるようにしていましたが、胸オペ(乳腺・乳房切除手術)はまだ受けておらず、ナベシャツを来ていましたから、「川遊びもするって言っていたけど、着替えのときはどうしよう?」と、そんなことを少し心配しながら当日を迎えました。
初めて彼女を見たとき、「かわいい子だな」と思いました。でも、そのくらいの感情で、運命の人に会ったような衝撃はありませんでした。というのも、その頃の私は、数か月前に別れた別の彼女のことを引きずっていて、何とかヨリを戻したいと悶々とした日々を過ごしていたからです。
その日のデイキャンプで、彼女について印象に残っていることが2つあります。
一つ目はお昼ご飯の時のことです。あまり食が進んでいない様子の彼女に、私は「おにぎり食べたら?美味しいよ」と勧めました。すると彼女はひと言「いらない」。初対面の人から勧められて、そんな素っ気ない返事するの?と少し驚きました。この子、変わっているなあと思いました。
二つ目は帰りの車の中のことです。途中、休憩のためにコンビニに寄ろうということになりました。すると彼女が「運転してもらっているお礼に飲み物を買ってあげる」と私に言いました。やさしくて気が利く子だなと思いながら、「じゃあ抹茶オーレを」と私はリクエストしました。すると彼女は怪訝な表情を私に向けてこう言いました。「えー!?抹茶オーレ? 抹茶オーレなんて飲むの? 超キモい!」。
いったいなんなんだ、この子は? ホントに変な子だなと思いました。でも、変わった子だけど、いやな子じゃない。面白い子だなと思いました。だからその日の別れ際、連絡先を交換しました。
これはあとでわかったことですが、実は彼女は、デイキャンプの前日、この人となら結婚してもいいと思っていた男性と別れていました。その悲しみで、一睡もできないまま、デイキャンプに参加していたのです。私も彼女も、お互いに傷心を抱えての出会いだったわけです。
その後、主に私から、彼女に連絡をするようになりました。2人とも長電話が好きで、毎日のように1時間、2時間と話をしました。次第に彼女は私にとって気になる存在になりました。
ただ、私は、自分がトランスジェンダーであること、女性の身体を持って生まれてきたけれど、心は男性であることを彼女には話していませんでした。私は彼女の前では男性的に振る舞っていましたから、たぶん彼女は私を男性として見ていたと思います。しかし私は、戸籍上は女性であり、身体も女性でした。
出会って3か月ほどたったころ、私は「自分の性のことをきちんと話しておきたい」と思うようになりました。彼女とはこれからもずっとよい関係でいたい。彼女には、自分のことを自分の言葉でちゃんと伝えたい。そう思ったのです。
ある日の長電話の途中、私は「ちょっと言っておきたいことがあるのだけど」と切り出しました。すると彼女は何かを察したのか、こう言いました。「あなたは私に大事な話をしようとしているのだろうけど、私は自分のことで精一杯で、あなたのことまで背負えない。だからあなたの大事な話は聞きたくありません」と。
まさか「大事な話は重荷になるから聞きたくない」と言われるとは思わなかったのでびっくりしました。しかし、ここで引き下がるわけにはいきません。「ぜひ聞いてほしい!」「いや!」と30分近く押し問答が続きましたが、「何も背負わなくていいから」という言葉にやっと彼女は折れました。
そして私は彼女に打ち明けました。「自分はもともと女性だけど、今ホルモン療法を始めていて、近いうちに性別適合手術を受けようと思っている」と。
彼女の返事はまたまた想定外でした。彼女はこう言ったのです。「知っています」と。
彼女に聞くと、デイキャンプを企画した友人がキャンプの前に既に私のことを私に断りなく話していたというのです。つまり、友人がアウティングしていたわけです。おいおい、いくら仲良くてもそんなことするなよ……と友人の行動を苦々しく思いながら、一方で、自分の性のことを知っていて、この3か月、そのことに触れることなく仲良くしてくれた彼女に感謝しました。
しかし、大きな疑問が残りました。私の性のことを知っていた彼女は、なぜ私の告白を頑なに拒んだのでしょうか。「知っていたのなら、なぜあんなに『聞きたくない!』と拒否したの?」と私は聞きました。彼女は「私には関係ないことだから」と言いました。
「私は今はまだ前の彼のことを引きずっていて、あなたのことを好きになる可能性はない。だからあなたの個人的なことは私には関係ない。あなたとは友だちだけど、あなたの個人的なことをわかってあげようとか、受け容れてあげようとかそういうことは思わない。なぜなら、あなたはあなた、私は私。だからあなたの性のことは私には関係ないことで、聞く必要がないと思った」
3か月の間に徐々に彼女に対する好意は大きくなっていましたから、彼女の「あなたのことを好きになる可能性はない」という言葉が少しショックでしたが、それ以上に「わかってあげようなんていう感覚はない。あなたはあなた、私は私」という言葉に感動していました。
「あなたはあなた、私は私」という考えは冷たいようにも思えますが、相手の存在を否定しないという意味では、人と人との関係を考える上でとても大切な考え方だと思います。
そして、「関係ない」という彼女の言葉を聞く前の私は、心のどこかで彼女に「ほかの人とは違う大変な人生を生きてきた自分」を認めてほしいと思っていたことに気がつきました。性的マイノリティとして区別されることに抵抗感を抱いていたはずなのに、内心では自分のことを特別な存在だと思っていたのでしょう。
ところが、彼女から、特別ではないどころか、「関係ない」と言われてしまったのです。そして「あなたはあなた」と。関係ないけれど否定もしないという彼女のスタンスに、私は少々戸惑いながら、しかしなぜだか心地よさを感じていました。
恋愛や結婚からはずいぶん遠い状態の私と彼女の関係がその後深まっていったのかは次回お話しします。もっとも、彼女は「あなたとの関係は別に深まったりはしていないよ」というかもしれませんが。
【みなさんへの大切な追伸】
私と彼女との出会いは共通の友人のアウティングで始まりました。そして私の場合はたまたま彼女が「知っているよ」「でも関係ない」と私の存在を否定しませんでした。しかし、本体、アウティングは絶対にあってはならないことです。そしてカミングアウトをするかどうかも本人が決めるべきことです。カミングアウトしない生き方がダメだというわけでは決してありません。そのことをみなさんに知ってもらえたらうれしいです。ぜひ下記のnoteを読んでみてください。
【特別編】カミングアウトは「しなければいけないこと」ではありません
【これまでの物語はこちらから!】
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