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わたしは病院でもカメラを構えた

タイトルに「ファインダー越しの温度差」と書いたあと、タタタタッと消して、素直な言葉に書きかえた。

愛猫が体調を壊した。

ノミダニ駆除用の市販薬を投薬したところ、見る見るうちに体調が悪化した。滅多に入らないクローゼットに入るや否や、なかなか出てこない。覗き込むと、とても息が荒い上に猫にとっては緊急事態を示す「口呼吸」。慌てて救急病院に駆け込んだ連休最終日となった。

投薬した市販薬の説明文を見るに、これが原因で死に至ることはなさそうだと頭のどこかでは冷静な自分がいたが、体重5kgもない小さな生き物、いつなにがあるか分からない。

救急病院に着くと先客がいた。わざわざ時間外診療代(※高額)を払ってまで駆け込んでいるのだからおそらくそこそこ重体だろう。そして診察室から漏れ伝わる宣告と飼い主の悲痛な声は、聞いていてこちらも背筋が寒くなるものだった。

…大丈夫だろうか。雰囲気に飲まれ、徐々に頭が冷静さを失う。

診察室に通されるやいなや、異変を察して暴れる猫。無理もないだろう、ただでさえ体調がおかしいのにたくさんの初対面の人間に囲まれたことで、相当の苛立ちを見せる。

「体温測ります」「口の中チェックします」「脈測ります」と診察が進む様子をただ眺めるしかない夫と私と0才の娘。娘に至っては、猫の豹変ぶりに驚いたのか途中で泣き出してしまい、診察室は猫の悲鳴と娘の泣き声で阿鼻叫喚。やむを得ず夫が娘を連れて診察室の外へ出た。

私は、というと。写真を撮った。

笑われるかもしれない。けれど、かれこれ8年前になるだろうか、動物病院に行くといつだって、死んでしまいそうになった愛犬を連れて救急病院に駆け込んだ過去のトラウマがよみがえる。

幸い愛犬は一命をとりとめたが、後になって「もしあのとき死んでしまっていたら」という想いはぬぐえない。そして、やつれている愛犬の姿が可哀そうで、とてもじゃないがカメラを構えていられるような状況にはなかった。不謹慎だとさえ思っていた。

もちろん、医者から断られたら従うつもりで撮影の可否を問うと「どうぞ」と何食わぬ顔で許諾をもらった。

愛猫のカルテが映っている写真が多いのでここに掲載できるものはないが、カメラを構えた途端、不思議と冷静さを取り戻した私。

猫の声と、落ち着いた医者の声、カシャカシャと静かに響くシャッター音。

結果、入院の必要はなく、3日分の解毒剤と胃薬をもらって帰宅した。

万が一これが猫との最期になってしまったら… 撮らなかったことを悔いるだろう。可哀そうな状況を見返す機会は金輪際無いと思った時期があったが、愛犬が亡くなってからかれこれ5年。振り返ると楽しい写真ばかりが残ることに違和感を感じる自分もいる。この点については人によって価値観が大きく異なるだろうから一概には言えないが、それでも。

昨晩と比べて、いま現在の猫の容態はとても安定した。なぜか猫トイレから出てこなかったりと行動に少々違和感はあるものの、薬を服用しながら経過観察で良さそうな雰囲気にはなってきた。

自分で自問自答を繰り返す。そして、やはりそれでも、私は写真を撮ることを選んだ。

2020/05/07 こさいたろ


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