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このエネルギー業界の片隅で

日本で使われる電気の電圧は諸外国と比べて低いので、ロスが多くなる。電圧はもっと高くしたほうがいいと思うのだけれど、どうすればできるだろうか。
何気なく流していたインターネットラジオから、そんな話題が流れてきた。

その番組は、電気専門チャンネルではないし、パーソナリティも電気関係に詳しい方ではない。
しかし、電気設備に関わる仕事をしている私は「さてこの質問に対しどう答えるのだろう」と思い、作業の手を止めた。
今は太陽光発電システムのフィールドエンジニアをしつつ、電気自動車関連の設備や、エネルギー業界の人たちと関わる機会が増えている私にとって、タイムリーな話題でもあった。


もし仮に、私が同じ質問をされたら「別の方法を考えた方がいい」と答える。
確かに、日本の電圧は諸外国と比べて、特別に低いわけではないのだけれど、低い方のグループではある。
ちなみに、電気は2種類あって「交流」と「直流」があるのだが、ここでは交流の電気について話している。
では日本で、今までより高い電圧を送るとどうなるか。
なんとなく想像がつくかもしれないが、結果として多くの電気設備が故障する。故障で済めばまだいいが、火事になる事も考えられる。これは、意図的に電気事故を起こす行為で、もし実際に起こせば、大事件だ。

いきなり電圧を上げることはできない。
ではどんな準備が必要かといえば、家電製品のほとんどを買い替えさせ、2種類の給電ルートを用意する事になる。つまり、とても現実的ではない。
もっと電圧が高いルート(高圧の電気)で電圧を高くするにしても、やはり同じ問題が起きる。


では電圧はそのままで、「ロスを少なくする」方法はあるだろうか。
まず思い当たる技術として、直流給電がある。
これはすでに、データセンターなどに導入されている技術で、それを家庭用に転用できないか、という検討は、以前から進められている。
実際、家の中の製品で、交流の電気をそのまま使う製品はあまりない。
製品ごとに直流にしているのなら、いっそ一括して直流の電気に変えてしまおう、というのが直流給電だ。
さらに近年、太陽光発電設備や家庭用蓄電池の導入が進められていて、どちらも直流の電気で動いている機器なので、直流給電とは相性が良い。
導入にあたってのハードルとして
 ①規格や法整備が整っていない
 ②対応した家電や製品が少ない
 ③電気事故の被害が大きくなる
が挙げられる。

このハードルは、どれも致命的で、確かに直流給電が検討されていると10年以上前から耳にするものの、具体的な進展は聞こえてこない。

それならば、すでに直流の電気で動いていて、人間が過ごせる場所はないかと考えてみると、自動車が思い当たった。
とはいえ、車内で生活をする、つまり車中泊は、以前と比べて一般的になりつつあるものの、多くはレジャー目的で、日常生活として車中泊をしている人はかなり稀有だ。
知人が離婚の折、それまでの住まいを出ていくことになり、3か月ほど車中泊をしながら出勤していたと聞かされた時には、とても驚いた。
それでも、直流給電よりこっちのほうがなんだか楽しそうだなと思える。
その理由は以下の3つだ。
 ①アドレスホッパー生活&自動運転
 ②自動車の電動化
 ③再エネ由来の電気を充電させる必要性

アドレスホッパーとは、特定の住居を持たずに、ホテルやシェアハウスなど生活の場とし、日本各地を移動して生活するスタイルだ。
これを自動運転の車で快適な車中泊をしながらできるなら、それは部屋ごと移動できる事になり、実に魅力的と思う。
とはいえ、住民票をどこかに置くため、ホテルやシェアハウスなど、どこかを拠点とする必要がある。法的な問題はここでも起きる。

続いて、自動車の電動化。現在主流のガソリン車やハイブリット車をやめて、電気自動車や燃料電池車に切り替える方向で動いている。
電動化に当たっては、自動車に電気エネルギーを蓄えておく必要があり、つまり自動車のに備わっているエアコンや照明などを長い時間使えるようになる。
もしこの電気自動車(EV)の中を、エアコンも使え、スマホやノートPCの充電ができ、インターネットに接続できる居心地のいい空間にする事ができたら、それを移動のためだけに使うのは、とてももったいないと思う。

最後は、再エネ由来の電気を充電させる必要性だ。
自動車の電動化は、CO2排出量を削減する手段の一つでもある。
そのため、EVで使う電気を作るために火力発電を使うのでは本末転倒で、電気自動車のために石炭火力発電を使うなら、ハイブリッド車の方がCO2排出量が少なくて済む。
そこで、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー(再エネ)で作られた電気をEVに送る必要がある。
現時点では、再エネ由来の電気を「送ったこと」にする運用がなされる可能性があるのだが、これは現実的ではある一方、ちょっとズルいな、とも思っている。
それは、再エネがマイノリティであるが故の優遇措置に思えるからだ。再エネを増やしていくのであれば、そんな禍根を残すべきでない。
そのため、できれば再エネの発電場所もしくは、その電気を貯めている蓄電設備にEVを移動させることが望ましい。そうすれば、送電によるロスは無くすことができる。


もしそうなったら、というただの妄想なのだが、車中泊生活が案外楽しそうに思えてくる。
もし私が一人暮らしで、車内で快適に過ごせる電気自動車が存在し、レベル5の完全な自動運転が実用化されていたとしたら。

一人暮らし用のアパートを借りる費用を使って、自動運転機能が付いて車内で快適に過ごせる電気自動車をリースで契約するだろう。
手元には厳選したお気に入りのアイテム類だけに絞り、どうしても捨てられないものは、少し離れた場所にあるレンタル倉庫に預けてあり、必要になったら取りに行くことにする。
車にシャワーや洗濯機は付いてないので、夜は充電エリアの近くになるスパ施設に行く。洗濯も同じ施設のコインランドリーで。
スパ施設の駐車場では、再エネの電気を車に充電できるので、同じように車中生活をしている人たちが集まってくる。
ここでは、日中に施設の屋根につけられたソーラーパネルで作った電気を蓄電池に貯めており、その電気を使って充電してくれる。
明日は仕事で、300kmほど離れた場所に移動しなくてはいけないが、夜のうちに移動してくれるので、寝ているだけだ。寝ている間は、静かにゆっくり運転してくれる。
せっかく移動するので、しばらくはそっちで過ごすことにしよう。

・・・そんな生活、楽しそうだと思わないだろうか?



これは、完全に私の妄想だ。こんな生活をする人が多くなれば、法規制もされるだろう。
住宅の寝室に設置が義務図けられた火災警報器も、自動車にはない。

私が関わる電気業界も、自動車業界も、この数年で大きく変わっていく。
電力会社も以前のままではなくなった。
この先どうなるかわからないタイミングで、たまたまその業界にいる。せっかくなので、それを楽しもうと思っている。
わからないことが多いと、妄想もはかどる。
私の妄想が現実になるかは、正直重要ではない。
私が仕事を通して学んだのは、「わからない事を楽しむ」ということだ。

そんな妄想をしていたら、ラジオパーソナリティの回答を、聞き逃してしまった。
まあ、いいや。

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