小じさん第12話「遊園地と小じさん 1」
どうしよう……
私は自室のベッドに向かって途方に暮れていた。といっても、問題はベッドではなく、そのベッドの上にぶちまけられているもの――クローゼットから引っ張り出され、予期せずLED照明の光の下にさらされた、新旧私の服たちにあった。
今日はゼミの彼とみっちょんと私の3人で遊園地に行く日。着ていく服を選ぶために、とりあえず持っている服をベッドの上に広げた。
でも……デートなんてしたことないから、何着ればいいかわからない。
いやいや、デートじゃないでしょ。みっちょんも一緒なんだからさ。これは単に友達と遊園地に遊びに行くってだけのイベント。
でも、その中に男の子がいたこと、今までなかったかも?
……だめだ。全然冷静になれない。
私は新しいシチュエーションに弱い。
例えば新しい場所に引っ越してきたとき。この場所にはこの場所に住む人しか知らない破ってはならないオキテがあるのではないかと気にして、外に出るのが怖くなる。
例えば新しく知り合った人と話すとき。この人にはこの人特有の繊細な部分がきっとあって、そこに触れないように話そうとすると、結果的にほとんど何も話せなくなる。
例えば家に帰る道の途中で道路工事をやっていて、いつもと違う経路で帰ることを余儀なくされたとき。家にたどり着くことができず、夜道をさまようことになるんじゃないかと不安になる。
場所であれ人であれ帰り道であれ、私は何かに慣れるまでにかなり時間を要する。
まして、いちど恋かもしれないと思った相手と遊園地に行くなんてイベントが急に降ってきては、もう順応できるはずがない。
いいや、これで。
私はベッドの上に乱雑に広げられた服の中から、(今振り返ると、どうしてそうしたのだろうと思うけれど)ちょっとそこのコンビニに行くだけのときに着るようなジャージをつかみ上げた。
*
「え……なんで?」
待ち合わせ場所で私を見るや呆れ顔を浮かべるみっちょんの様子を見て、私は初めて何か自分がまずいことをしたらしいことに気づいた。
「なんか私、やった?」
「うん、すごぉ〜く、やっちゃってるよ〜」
「こ、これのことでしょうか」
私はちょいと上着の裾をつまむ。
「もち、それ。今日ジャージはないっしょ。……ん? スエット? ジャージ?」
「ジャージだね」
「ジャージか、ジャージね。ねぇ、サヤちん。うちらだけならまだしも、今日は男子がいるんだぜよ?」
そこにはすでに彼もいた。
私は待ち合わせ場所に最後に到着したわけだ。ジャージで。
「いや、いいよそんな。僕なんかそんな柄じゃないんだから」
何でも風のように受け流す彼は、だからこそゼミで私が教授にいびられたときも精神的打撃をやわらげるクッションになってくれる。そんな彼はシンプルなモノトーンのセットアップコーデで、抜け感がありながら大人っぽくきまっていた。
私は自分がひどく小さく思えた。身長ではなくて、その、人として。
「それに、こうして見ると、けっこうアリじゃない? 僕すごく緊張してたから、気楽な感じで来てくれて、むしろちょっと安心した」
全力でフォローされてるぅ〜。穴があったら入りたい。いや、掘ってでも潜りたい。
私が恥ずかしくて悶え死にそうになっていると、目の前の低いところを小さな物体が、ビャーッ! と駆け抜けた。
わき目も振らず、これから私たちが向かう方――遊園地の入場ゲートの方へ走っていく。
マジ? よりによってこんな日に出てくるの? 小じさん……。
(つづく)
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