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大阪・鶴橋から世界へ。コーポリアルマイム専門のシアターカンパニーtarinainanikaとは…?

20世紀フランス演劇界の巨匠であり、近代マイムの父と称されるエティエンヌ・ドゥクルーが構築した役者の芸術(アクター・アート):コーポリアルマイムを専門としたシアターカンパニー tarinainanika。拠点として活動する大阪市東成区のイベントスペース「FLYING CARPET FACTORY」がオープンから5周年を迎えました。今回は、tarinainanikaの巣山賢太郎、タニア・コークより、ロンドンから東京、そして大阪・鶴橋に至るまでの軌跡や、これからのコーポリアルマイムの普及・発展に向けた取り組みについてご紹介します。


軌跡:ロンドンから東京、そして大阪・鶴橋へ…

tarinainanika(左:巣山賢太郎、右:タニア・コーク)

――はじめに、tarinainanikaについて教えてください!
賢太郎:
僕らは、コーポリアルマイムを構築したエティエンヌ・ドゥクルーの最後のアシスタントを務めたスティーブン・ワッソン氏とコリン・スウム氏が運営するイギリス・ロンドンのコーポリアルマイム教室「仏:Ecole de Mime Corporel Dramatique/英:International School of Corporeal Mime」に通っていました。
僕は1997年に、タニアは2002年に入学したのですが、それぞれ生徒として3年間学んだ後に、演出家・教育者育成コースにも進み、スティーブンとコリンが率いる「Theatre de l'Ange Fou(狂った天使)」という劇団のメンバーとしても世界各国で公演を行いました。またアシスタントとして学校で指導を行うなど、僕は13年間、タニアは8年間、スティーブンとコリンの下で活動しました。その後、2010年にタニアと東京に戻り、ふたりでtarinainanikaの活動をスタートしました。

イギリス・ロンドン「Theatre de l'Ange Fou」での活動

――ロンドンから日本に戻ってきたキッカケは何だったのでしょうか?
賢太郎:
目的の1つは、日本ではあまり知られていない、コーポリアルマイムという舞台芸術の普及と発展です。そのためには作品を創って観てもらうことも重要ですが、コーポリアルマイムのレッスンを通じて、多くの人に実際に体験してもらい、興味を持ってもらうことも大切だと感じていました。
 
タニア:
当初は、東京・笹塚のレンタルスペースでコーポリアルマイム教室をはじめました。しかし、時間が限られていることや荷物を置いておけないことなど、様々な制約もあり…。もっと好きな時に、自由な発想で、レッスンや稽古ができる環境を創りたいと常々考えていました。また物理的な場所を持つことで、生徒同士の交流など人が集えるコミュニティも創出したいと思っていました。

帰国後、東京のレンタルスタジオで教室をスタート

――なぜ、大阪・鶴橋でスタジオを構えることに…?
賢太郎:
「タニアがずっと憧れていた街だったから」と言いたいところですが…正直言うと、たまたまです(笑)。東京にいた頃は関東圏で物件を探していましたが、資金面や広さなど、スタジオ向きの条件をクリアする建物がなかなか見つからず…。「少し遠方でも探してみよう」ということで、近畿地方でも検討していたところ、偶然見つけたのが現在の「FLYING CARPET FACTORY」です。
 
タニア:
東京で探していた物件の3倍くらいの広さがあり、また照明を吊るすことができる天井高もあるなど、理想的な建物でした。また住居スペースも3階にあるので稽古もしやすく非常に便利。さらに、素晴らしい屋上があるのも魅力的です(笑)。

FLYING CARPET FACTORY 2F スタジオ

賢太郎:
当時は大阪の土地勘も全くなかったので「環状線って…?丸い路線だから東京の山手線やロンドンのサークル・ラインと同じくらい、交通の便もいいだろう」くらいに考えていました(笑)。実際に引っ越してみたら、鶴橋駅は人の出入りも多く活気があり、エリアの個性的な雰囲気も気に入っています。
 
タニア:
焼肉もね(笑)。

大阪でゼロからのスタート。DIYのスタジオづくりから、学校開校、ワークショップ

――大阪で、これまでの5年間はどのような活動をしてきました?
タニア:
2019年5月に大阪に引っ越して、まず取り掛かったのはDIYでしたね。
 
賢太郎:
元々は畳屋さんと敷物屋さんの倉庫として使用されていた建物で、「FLYING CARPET FACTORY」という名前の由来もそこからです。基本コンクリートむき出しの内装だったので、まずは床を貼って、壁を立てて、防音設計をして、照明を吊るためのバトンの設置をして、電気工事をするなど、約1年間をかけて自分たちでできる部分は自分たちの手で作り上げていきました。

スタジオのDIY

賢太郎:
DIYがほぼ完了した2020年5月から、作品を創って発表する6週間のデバイジングコースを実施しました。その後、同年10月よりコーポリアルマイム舞台芸術学校を開校し、月曜日から金曜、毎日4~ 5時間をかけてコーポリアルマを学べるフルタイムコースをスタートしました。僕らもロンドンで同じようなスケジュールで学んできたので、それと同じくらい密度の高いレッスン環境を日本で作ることは、兼ねてからの大きな目的でした。
 
タニア:
フルタイムタイムコース以外にも、誰でも参加できるオープンレッスンや、週末ワークショップ、夏期集中ワークショップ、トークイベントのコーポリアルマイム勉強会など、50を超えるイベントを開催してきました。まずは体験レッスンやワークショップで気軽に参加してもらい、もっと本格的に学びたいと思ったら、フルタイムコースに参加できるといった環境整備を進めてきました。

フルタイムコースのレッスン風景

――日々のレッスン以外にも、印象的な活動はありましたか?
タニア:
tarinainanikaとしては、2020年にイギリス、フランス、ポーランドを巡るツアーで、大阪在住のコーポリアルマイム経験のある役者の方を交え「東京フーガ|Tokyo Fugue」という作品を上演しました。また2023年10月には、当時レッスンに参加していたメンバーを含めた6名で「Rey Camoy」という作品を創作し、イギリス6都市を巡るツアーや「金沢ナイトミュージアム」での映像化作品の上映会、ワークショップなどを実施しました。

イギリスツアーの様子「Rey Camoy」

タニア:
そのほかにも、滋賀県・近江八幡市の学校で小中学生約250名を対象にした大規模ワークショップの開催や、大阪・表現者工房、大阪市立芸術創造館、京都・UrBAN GUILDでのパフォーマンスなど、関西を拠点にした活動も数多く実施してきました。大阪をはじめ関西の演劇コミュニティはとてもフレンドリーです。

タニア・コーク

コロナのパンデミックから生まれた新しい可能性

――大阪に来てから、一番大変だったことは何ですか?
タニア:
大変だったのは、なんと言ってもコロナのパンデミックです。大阪に来たのが2020年5月だったこともあり…。
 
賢太郎:
コーポリアルマイムは身体芸術なので、密を避けて距離を取りながら指導をするというのが非常に難しく。マスクをつけたままレッスンを行うのも大変でした。開校当初は中国やオーストラリア、フランスからの参加者も加わる予定でしたが、残念ながら実現できませんでした。
 
タニア:
一方良かったことは、オンラインレッスンを始められたことです。当初はオンラインでコーポリアルマイムを教えることに不安もありましたが、対面のレッスンとはまた異なる魅力があります。日本はもちろん、アメリカ、イギリス、ブラジル、ドイツ、メキシコ、中国など様々な世界中の生徒さんが同じ時間で参加してくれています。例えば、メキシコから参加している方は、日本時間夜7時のレッスンに現地時間朝4時から参加してくれていますが、「来年は大阪に行きたいです」とも言ってくれていて、海外や遠方の方がスタジオまで足を運ぶキッカケにもなっていて、とてもありがたいです。

オンラインレッスン

賢太郎:
また最近では、ロンドン時代の同期から20年ぶりに連絡をもらいました。彼女は演劇活動から離れていましたが「またコーポリアルマイムをやってみたい」と話をされたときも、「まずはオンラインレッスンに参加してみては?」と気軽に紹介できています。パンデミックが発端ではありましたが、コーポリアルマイムの間口を広げられていると感じています。

濃密なレッスン空間。生徒の成長とコーポリアルマイムの発展

――5周年を迎えて、特にやりがいに感じていることは何でしょうか?
賢太郎:
この5年間を通じて日々の生活がより充実しているように感じます。東京でレッスンをしていたころに比べ、フルタイムコースなど、毎日同じ生徒さんと接していくことで、当然のことながら、成長していくスピードも密度も違うことを実感できます。

賢太郎:
僕らの先生もコーポリアルマイムは「教えるという作業の中で発展していく」と話していて、その感覚を強く実感しています。個々の参加者に対して的確なアドバイスをするためには、どういった部分を伸ばしていくべきなのか、そのためにはどのようなテクニックが必要なのかと試行錯誤をすることで、アートフォーム自体が発展していく。
2023年8月に3年間のフルタイムコース初の一期生が修了しましたが、彼らが1年生で入ってきた時と3年間終わった時点では、役者としての能力も全く違っていて、大きな成長を感じることができました。
 
タニア:
3年間フルタイムでコーポリアルマイムを勉強するのは珍しいことですが、とても大事なことだと思います。生徒さんの成長を間近で見ていられることも、こういった場があるからこそだと思っています。

2023年8月、一期生によるディプロマ試験

地域に根差した活動から、鶴橋をコーポリアルマイムのメッカに

――今後はどのような展開を予定していますか?
賢太郎:
コーポリアルマイムの発展と普及のためには、人材の育成がとても必要だと感じているので、まずはフルタイムコースを続けていくことが必須だと思っています。また、より多くの人たちにコーポリアルマイムに興味持ってもらえるよう、体験レッスンや週末ワークショップをはじめ、読み物としてコーポリアルマイムの歴史的背景や思想を伝えたり、デジタル媒体を活用したりするなど、より裾野を広げる活動に注力していきたいです。

巣山賢太郎

賢太郎:
また大阪にスタジオを構えていくなかで、より地域に根差して、地元の方にも認知していただけるような働きかけをしていきたいと思っています。その関連として、一期生としてフルタイムコースを修了したtarinainanikaメンバーの増井友紀子が、小学生から高校生を対象にしたキッズクラスを2024年3月から開講しました。現在は週1回のレッスンでコーポリアルマイムの魅力を楽しく、わかりやすく伝える取り組みをしています。ドゥクルー自身も80歳を過ぎてもコーポリアルマイムを続けていたので、より幅広い年齢層に向けて、身体表現という側面からレッスンをオープンにしていければと思っています。

キッズクラスの様子

タニア:
5年間を経て、改めて大阪に来てから知り合った皆さんには感謝を伝えたいです。ゼロから始めた私たちにとって、とてもオープンでフレンドリーに関わっていただけたことが、非常にありがたかったです。
日本ではフィジカルシアターというジャンルはまだメジャーではないので、コーポリアルマイムの作品を観ていただけるような機会を作っていきたいなと思います。今の時代はスマホなどデジタルコミュニケーションが主流ですが、身体の表現力をベースとしたコーポリアルマイムの魅力を、演劇関係者をはじめ、地域の方にも知っていただきたいです。まだ知り合っていない方ともこれから会えるのを楽しみにしています。
 
賢太郎:
加えて、パンデミックが落ち着いた今だからこそ、海外からのレッスン参加や、海外アーティストとのコラボレーションも促進していきたいです。身体は人類共通の表現媒体なので、国籍や文化に関わらず、共有できるコーポリアルマイムの魅力を「FLYING CARPET FACTORY」がハブとなって、日本全国、世界に発信していきたい。鶴橋が日本のコーポリアルマイムのメッカになれたらな、と思います。
 
タニア:
玉津2丁目からね。

tarinainanika

(取材・文/野中知樹)

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