ただ、声優になりたくて。連載小説。
春一番が、観測史上例年より最も早く記録された寒い季節の日。
吹奏楽部のサビのように風が荒々しく吹き荒れる。
名古屋で実家は自営業のそば屋で生まれたさくらは高校卒業後の進路を決めなくてはならなかった。
ところがそこにはさくらの意思はなく、進路希望の紙には、実家のそば屋で女将を継ぐ事と、書かれていた。
自営業で浮き沈みが激しく、とても進学したいと両親には言えなかった。
しかしさくらの手元には東京の専門学校のパンフレットがあり、毎日読んでいた。
さくらは小さい頃から店の看板娘で人気だがちょっぴり人前が苦手だ。
友達に「変わった声だね」と、言われた頃から声も小さくなり引っ込み思案になったさくら。
しかし、そこから救ってくれたのがアニメ好きな友達だった。
「さくらは声優になればいいんじゃないの?」
その一言が、彼女を救うきっかけになった。
さくらはアニメが好きだ。
しかし、声優という職業があることを知らなかった。
声優はアニメだけではなく、他にも映画の吹き替えやナレーション等で活躍してると気づき、いつしか声優になりたい夢がことことと芽生え始めた。
「さくら、本当はやりたいこと我慢してないかな?」
割烹着に身を包んだ母親が、進路について心配してくれた。
こたつにみかんを食べながらさくらは返事をした。
そんなことないよ。実家のそば屋を継ぐから。
「無理しなくていいのよ。友達から聞いたわよ」
「さくらは本当は声優さんになりたいって」
「気づいてあげれなくてごめんね」
何であやまるの。そんなことないよ。
「声優のことはまだよく分からないけど、さくらが目指したいなら頑張ってほしいな」
何でそんなこと言うの!?声優目指したら東京の専門学校行くことになるんだよ!
学費に、入学金に、上京のお金はどうするの!?
それに、おそば屋さんはどうするの!?
「そこまで心配してくれてたのね。気づけなくて本当にごめんね」
「でも大丈夫!さくらは安心して東京に行って立派な声優さんになりなさい」
「だめならいつでも帰ってらっしゃい」
「その時、さくらが女将になりたいなら、なりなさい。なりたくないならまた、さくらのやりたいことを探せばいいから」
本当にいいの?声優目指していいの?
「学費の事とかはさくらが小さい頃から頑張ってくれたから大丈夫。これからはさくらがやりたいことを目指してほしいな」
「さくらが通いたい学校決めて声優さん目指してほしいから」
ほ、本当に?ありがとう。お母さん。
「こらこら泣かないの。私まで泣いちゃうじゃないの」
さくらは母親にだきつき小さい子供のようにたくさん泣いた。
だって、だって、自分の気持ちに気づかないふりしてたから。本当は声優さんになりたいよ。
「さくらならきっと声優さんになれるから。なれるから大丈夫だよ」
ありがとう。お母さん。
気象庁の、桜の開花宣言がさくらは好きだ。
桜と、名前のさくら。
まるで一年に二回誕生日があるような気分になるからだ。
偶然にも東京に上京する日が桜の開花宣言の日にちだった。
友達と両親にしばしの別れを継げて新幹線に乗るさくら。
あ、桜が咲いてる。
紅白模様の桜を見つめ、三色そぼろご飯のお弁当とお茶を飲みながら新幹線の旅を楽しみ、窓辺から富士山を観ていた。
雪化粧とブルー色の富士山。
さくらは富士山に手をふった。
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夢はnoteの売上でキャンプすることです。 後、ニンテンドースイッチです。 後、書籍化です。