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同じバンドが好きだった

出会いは、「良いボブすね」と言う気の抜けたTinderメッセから。
ロング好きの元彼にフラれ自傷行為みたいに30cm切った髪は、案外評判で気分が良かった。

ボブ好きは、バンドファンのサブカル男に多い。

可愛げないことを考えていた矢先にバンドの話題…ほら見ろと思った。


私たちは同じバンドが好きだった。

当時そのバンドはメジャーデビューしたてだった。マイナーなバンドが好きだと、ファン仲間との出会いは喜ばしい。感性が同じだと感じ、一気に心を許してしまう。

現に、彼との会話は弾んだ。そのバンドの好きな歌詞、聴く他のバンド、曲で思い出蘇るよねというキザ話、全て共感した。心がほろ酔う。まるで運命だ、なんて。


そのまま当然のように体を重ねる。キスが大好きなところも、行為中に顔を見たがるところも、私たちは一緒だった。

違うのは煙草だけ。私は吸わないが、行為後に眼鏡をかけ直し煙を吐く彼の仕草は妙に色っぽく、惹かれた。

煙草以外、私たちはこんなにも似ている。私はすぐ恋をし、彼との未来を意識した。


その後も家を行き来し、ライブに行き、関係は続いた。彼といると常に楽しく、思いは深まった。

ただ、半年後も、関係に名のつくことはなかった。告白しようかとも考えたが、違う空気が確かにあった。

きっと、まちなかで手を繋がないのは、頭の良い彼が大人の恋愛を望んでいるからだ。
研究者の彼は今学会で忙しい。終われば、きっと何かが変わるはず。

言い聞かせる日々の中、私も煙草を始めた。
これで全部同じだ、と思った。

専門分野の数学用語や、好きなバンドのマイナー曲の歌詞を用いて冗談を言う時のいたずらっ子みたいな顔が大好きで、手放したくなかった。
ただ、彼のキスをもらう喜びに没頭した。



行為後に彼が言う。2人で吐く煙は、表情をぼかすには十分な量だ。

「人間には色んな関係性があるから」

全然似合わない、演技臭い台詞。

こんな野暮なこと、言わせたくなかったな。

あなたよりずっと馬鹿な私だって、本当はわかってたよ。これ以上の関係を、あなたは望んでないことくらい。

2人は似てなどいない。私があなたに合わせていたのだ。
メンソールに紛らした現実。運命だなんて酔っていたかったけれど、もう無理だね。


それから毎回、会うのは最後にしようと思った。でも、「最後」を、何度も繰り返してしまう。

名もない関係のまま、積もるのはキスの数だけだった。


出会ったきっかけのバンドを隣で観ている。

2人が大好きな曲、「見開きページ」。
メンバー全員のユニゾンで、Cメロがこれでもかというほど元気に歌われる。

『大好きなものに大好きって言わなくちゃ!』

私たちの関係にも、それは当てはまるのかな?
こんな明るい歌詞で泣いてるの、ライブハウスで私だけかもしれない。

彼は私の涙に気づいている。でも、何も言わない。
頭が良い彼のことだ、涙の意味もわかっているだろう。

同じバンドが好きだった。
ただそれだけの話なんだと思った。

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