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気持ちも物も飲み込む「スワロウ」観た


※ネタバレあり

メインヴィジュアルで唇に大きな画鋲を当てている女性が主人公である。

物語の冒頭で、この女性が随分と裕福な男と結婚したらしいことが分かる。

彼女の名前はハンター。
大きな家に、完璧なパートナー…誰もが羨む暮らしを手に入れたように見えるが、彼女の表情はぎこちない。

夫は一見「理想的なパートナー」に見えるが、ふとした態度や言葉の節々から、彼女への"興味のなさ"や"小馬鹿にした感じ"漏れ出ている。
夫の両親も「それ、わざとじゃないなら逆に大丈夫?あなた方、社会生活送れる?」と思うくらい失礼な態度をしてくる。
夫とその両親にとってハンターは”自分たちの家の子供を産むためにいる女”でしかないのである。
ハンターはいつもそれを感じているが、表に出さずグッと飲み込んで笑顔を作る。


この結婚生活、”愛は無くても、表面上は問題なく優しいパートナー”と”自由で金にも困らない生活”があるのだから、完全に金だけが目当ての結婚だったらそれなりに上手くやれてたのかもしれない。

しかしハンターが欲しかったのは"自分への関心と、愛情と、自分の居場所"なのだろう。
だからこそ、余計にちょっとした表情や態度から敏感に"悲しい何か"を感じ取る。
その”何か”は多分、「やっぱり自分は必要とされてないんだ」とか「自分じゃダメなのかな」という感覚に近いんだと思う。

彼女が子供の頃からずっと抱えてきた「わたしって、いらない存在?」という問いかけへの「Yes」を嗅ぎ取ってしまうのだ。



自分が周りから求められてない、必要とされてない、という感覚が強くなり過ぎた人間は、よく、頑張りすぎてしまったり、ガマンしすぎてしまうことがあると思う。
一見、アレもコレもできる器用な人、賢い人、のようだが、自己肯定感の低さから「頑張らないと認められない。もっともっと良く出来ないと必要とされない」という感覚に追い立てられて、必死にアレもコレもできるようになっていることも多い。

「自分は皆よりも"足りない"」という感覚があるから、酷い扱いをされても、傷ついても、我慢してしまう。
埋め合わせようとして色々やって、人から褒められたらやっと他人と対等になれた気がするくらいで、決して安心はしない。
私も、元々はこのタイプだった。



ハンターは、高級レストランで出てくる様な凄い料理を作れる。1人で、何人分でも。
掃除もキチンとするし、インテリアのセンスもいい、可愛くて魅力的な女性である。
しかし、人からぞんざいに扱われても我慢して、受け入れて、ストレスを積み重ねながら、気持ちも言葉も飲み込んでしまう。


そんな生活の中で、ある時ふとビー玉を見て「飲み込みたい」という衝動に駆られ、それを実行する。

「異物を飲み込む」という行為は、ハンターに「達成感」を感じさせた。
「他の人ができないことをしてる」「凄いことをしたんだ」という喜びと、口から喉に異物が通る感覚に夢中になり、次々と危険なものを飲み込むようになっていく。

しかしこれが家族にバレてしまう。
夫と夫の両親は、妊娠中の彼女がこれ以上"異物"を飲み込まないようにと、見張りをつけ、家事も自由な行動も取り上げる。
「私には凄いことができる」という感覚を求めてるのに、何も出来ないようにされてしまう。

この辺りからハンターは大きくバランスを崩していく。
もしかすると、バランスを崩すことで「嫌だ!」という気持ちがはっきりしたのかもしれない。
ハンターは家を飛び出し、自分の過去に向き合い、新しい生き方を始める。


この映画の中で印象的なのは、何度も繰り返されるトイレのシーンである。

女性にとっての"トイレ"は、男性とは少し違う感覚の場所なのではないだろうか。
まず、女性には生理がある。
生理にまつわる事で、女性はトイレの中で様々な事と向き合い、色んな気持ちになる。何度も、何度も。
妊娠検査薬もトイレで使う。
流産をトイレの中で知る人もいるだろう。
女性にとってのトイレは、ただ排泄するだけの場所ではない。


トイレの中に閉じこもって、誰にも知られないように自分だけの達成感を感じていたハンターが、最後は憑き物が落ちたような顔でトイレから出てきて、この映画は終わる。
エンドロールの後ろでは、ハンターが出て行ったあとのトイレに色んな女性たちが行き来する。
ショッピングモールの、ピンクの清潔なトイレ。

そのエンディングを見ながら「女は化粧してネイルして何も考えずにニコニコしながら家事してれば生きてけるんだろ?とか思ってんじゃねぇぞバカがよ」なんて思ったりした。

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