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【連載】スローイン・ファストアウト 3

前作


あ。ここのラーメン屋。
この間友達と行って豚骨ラーメンがものすごく美味かったお店だ、と一瞥した。
すると「ここのラーメン、美味しいですよ。」と間髪入れず隣の席の〇〇がラーメン屋を見ながら言った。
一瞬心が読まれたのかとどきりとした。
「私も行ったことあります。ここ美味しいですよね」
釣れた魚を逃すまいと私も続ける。会話はキャッチボールが大事だが、スピードも外せない。
「へー、行ったことあるんですね」
〇〇は私の言葉を重複する癖がある。
「辛味噌食べました?美味しいですよね」
少し食い気味の〇〇。体型のせいか、見目が美しい人は食べ物に関して無頓着かと思っていた。まあこれは、私の完璧なる偏見であるが。
もともと少し高めの声のトーンが更に上がった。
興奮度が手に取れる。
「辛味噌は食べたことないんですよ、私はいつも豚骨です」
「豚骨ですか、へぇ、豚骨が好きなんですか?」
「いえ、いつもは食べないんですけど。たまたま食べたらすごく美味しかったので。リピートしてます」
「え、でもあそこって辛味噌が定番じゃないですか。そこで豚骨のチョイスって」
〇〇はかなり驚いていたが、そんなに驚くことだろうか。
「まあ美味しいんですよ、食べてみてください」
「うーん」
もごもごとする〇〇。
何度も食べてみてほしい旨は伝えたが、頑なに、はい、と言わないのがなんだかB型らしい。
あと味噌ラーメンが大好きな人はどこに行っても味噌ラーメンを頼み、
味噌以外はラーメンじゃない、と豪語する人もいると聞いた事がある。
〇〇ももしかしてそれかしら。将来は頑固親父かな。

そのあと〇〇から辛味噌ラーメンのレクチャーを受けた。
そこのお店は辛味噌と言っても中本や北極のような刺激物ではないこと。
このラーメン屋はこの地域でのチェーン店であること。
今近くを通ったラーメン屋より、別の区にある店舗の方が実は美味しいこと。
次行ったら辛味噌を食べてほしいということ。
余談だが、〇〇はお子様舌なので辛すぎるものや、ブラックコーヒーなどの苦いものは苦手なこと。

会話はまだ続く。
「〇〇は味噌が好きなんですか?」
「まあそうですねー、基本どこ行っても味噌かも。でもそこ味噌がイチオシなので。
僕、損したくないというか、例えば一緒に行った友達が勧めて来たらもしかしたら食べるかもしれないけど…」
と、安定志向の〇〇。
そしてやはり「ラーメンと言ったら味噌一択」の過激派かもしれない。
「その気持ちはわかります」と、私。
「なんだかこの様子だと、〇〇はわたしがお勧めした豚骨は食べないっぽいですね」
試すようにふふっと笑ってみせた。
「まあ、気が向いたら食べます」
「それって、行けたら行くってやつですか?」
「正解です」
狭い二人の空間に私の笑い声が響いた。
自分は私に味噌を勧めてくる癖に、自分は食べないのか。
私は声を上げてあははと笑い、〇〇は八重歯がしっかり見えるほど口角を上げて笑顔を見せていた。
あ、かわいい。
人間だ。

〇〇は口を開けて笑う姿がなかなか想像し難い、所謂ポーカーフェイスだ。
そして、きっと、少しだけ、冷たい人だ。
という認識が間違っていたと実感する。
いや、概ねそうなのかもしれないが、実は私の喋りに被せてくるほど話す人だし、何より声とテンションが比例している。
前述した通り、見目が美しい人はどうしても、自分と同じ人間だと信じられないところがあり、勝手に冷徹仮面のレッテルを貼っていた。
関わりの少ない人間の品定めなんて、私の品が無いも同然だが。
それを剥がす事が出来たのは〇〇の素性が見えてきたから、そしてそれを剥がしたのは紛れもなく私なのである。
純粋に嬉しく思う。
そして、多少なりとも、〇〇は私に興味を持ってくれていると自惚れたい。
〇〇の自然な質問攻めで、私の食の趣味もバレてしまったし、
家族構成も、私がシスコンなことも、
そんな些細な事から今私の抱えている悩みへまで誘導してしまうのだから。
ずるい人だな、と思った。
同時になんでも答えてしまう自分が愚かだと思った。
笑顔で始まり笑顔で終わりたかった。私達の時間は、有限なのだから。
その有限の時間の中で、私という人間をより知ってもらいたい下心から、どんな事でも話してしまう。
私の抱く好意は、賢い人にはとっくにばればれなのかもしれない。あ、なんだかそんな気がしてきた。恥ずかしい。

脳味噌に〇〇の八重歯が焼き付く。
多分、今まで見た中で、一番好きな表情だった。
いいものを見れたと私はほくそ笑んだ。
ああ、好きだなと思ってしまった。やめてくれよ。


* * *


ラーメンの話で盛り上がってる途中にカレー屋さんが見えた。全国どこにでもある大型チェーン店だ。
すると突拍子もなく〇〇は「ここ通るとカレー食べたいな、って思うんです。」と言い、またラーメンの話に戻った。
変な人だな、と思った。
きっとここでもおすすめの辛さでしか食べないんだろうな。



云寺



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