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【連載】スローイン・ファストアウト3.5


前作の後日談です、3はこちら。



今日は○○に話したいことがあります。


かなり慎重な口振りで、いかにもこれから良くない事が私の口から発されるであろう予測が出来きる、そんな重々しい雰囲気を出してみた。
真剣勝負だ。
◯◯が私の提案に乗ってくれるか、覗った。
ただ、これから繰り出される私の攻撃が弱過ぎて、へらへら笑ってしまいそうになる。頑張れ、私。

「え、なんですかなんですか」
よし、釣れた。大物HITだ。
相変わらず表情は変わっていないポーカーフェイス振りを発揮しているが、食い気味な返答は反応を示していることが私には分かる。
しめしめ、と企み顔をする間はなかった。
返答に嬉しく思い、ポーカーフェイスとは真逆でリアクションがもろに出てしまう私は、それは、もうにっこにこで話を続ける。
そういえば、学生時代は演技が苦手な事を思い出した。

「この間、おすすめされた辛味噌ラーメン、食べに行きましたよ!」

これである。神妙な顔持ちからの、どうでもいい世間話。
雛壇芸人ならズコーとこける瞬間。
「あぁ」と反応する◯◯。
字面だと心底つまんなそうだが、含み笑いの「あぁ」は、なんだそんなことか、という出鼻を挫かれた様子が窺えて、手応えアリ!と思った。
この勝負、私の勝ちです、有難う御座います。

「どうでした?美味しかったでしょう?」
「普段味噌は食べないけど、あれは美味しいですね」
僕はいつもそれです、と続ける○○。
ついでに以前ラーメンの話で盛り上がった際に思っていた、「味噌ラーメン好きは味噌ラーメンしかラーメンじゃないと思っている説」は、
「なんですかそれ。いや俺はただお勧めの物を食べたいだけです。」と返ってきた。
何を言っているんだこいつは感が否めないが、◯◯の機嫌がみるみる良くなるので、素直に嬉しく思ってしまう。
そして一人称が俺、僕、自分とぶれる◯◯がなんだか可愛らしい。
たまに「俺、あー、自分が…」と言い直すところはSSRくらいの価値があったと自負している。
過去にゲットした思い出のカードだ。
まあ、私より年下とはいえもう28だし、そこはしっかりした方がいいんじゃないかな、とは思っても絶対に言わない。まだ、言わない。

「と、いうことで。是非○○にも豚骨を食べていただきたいんですけど」
と、芸人で言う天丼のやり口。
実際のところ、豚骨ラーメンはかなり美味しい。
しかし、純粋に◯◯に豚骨を食べてもらって、お互いの共有事項を増やしたいと言うのは気持ちの五割くらい。
もう五割は、「私の意思でそれを食べる◯◯」の状況を作りたかった。
ラーメン如きでと思うかもしれないが、◯◯を支配下に置きたかった。
本人にはその気が無いかもしれないが、私はかなり◯◯の態度や時折見せる優しさに翻弄されきた。
私には◯◯への「何かしら」の気持ちがある。
(具現化したら後には戻れない気がするのでこれについては考えない。)
そして、当然◯◯には私への「何かしら」の気持ちはない。
ゼロ。期待するだけ無駄なので、どこまでもゼロが続く事で夢を見ないように自制している。
しかし、なにか、ほんの些細なことでいいから、私といない時間に私を思い出してほしかった。
ラーメンで下心を満たそうとしている。

「ラーメンにも縋る思い」
現代のことわざだな。
せめてそれくらいは許してほしい。
私が○○を好きな気持ちは、誰に言うことも許されていないのだから。



それから、週に一回はそのラーメン屋に行っている。
もしかしたらバッティングするかな、なんて考えていると思う?





云寺



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