おばさん

限られた人間にのみ与えられた特権「美貌」。

男女問わずその美貌に狂い、時間と労力を割くものも少なくない。

特に女性は日々の化粧、スキンケア、プローポーション維持、身ぐるみの質の向上など努力できる範囲は大変幅広く、時間がたつにつれ、納得の行くラインを求めるためには多大な時間が必要になる。

一方で男性は美貌に惑わされ、美貌にひざまずくために金をかき集め、肉体を磨き、毛を増やし、話を聞き、スポーツで成績を残し、むだ毛を抜き去り、恋に恋をしている。

美しきものもいつか崩れ去るものもあれば、美貌におぼれるものもいる。

美貌とは殆どの人間の行動観念に触れる。

偉大な物である。

しかし、ババァは違う。

ババァは揉む肉が多すぎて腱鞘炎を起こすし、1つ屋根の下に住むジジィにいらつき、怒鳴り、叩き、そして物を捨てる。ダイエットもすぐ止める。

非常に人間くさい生き物である。魅力的である。

私は男性代表としてババァという言葉に敬意をこめ、将来身の回りにババァが増えてほしいという願いを込めて、書き連ねたい。

まずババァは太っている。デブ専ではないし、マザコンではないがそれは非常に良い。円形というのは人を安心させる。

そしてババァはうるさい。これは嫌。口うるさいし、口も臭い。たくさんしゃべるからしかたないのである。買ってくる歯磨き粉は口臭ケアと歯槽膿漏の予防の物である。エチケットは守ろうという気概が素敵である。

さらに自分に非があるときは耳が聞こえない。これはやっかいである。大人というのはプライドがあり、その一方で子供の規範になるべき存在である。ならなくてはならない訳では無いのが肝であるが、基本そうだ。だが、平気で無視し、逆ギレをする。しかし内心では悪いと思っているのでタイミングを見て優しくしている。人間らしく、ギリギリな感じが非常に良い。

実は内心痩せたいと思っているが、痩せている人を心の底から褒められないのも良い。テレビをつけて寝っ転がっては画面に映る美魔女に悪態をつく。人間味の極みである。嫉妬心は生きている証拠であり、生きているということはすなわち完璧である。

はじめてのおつかいを見て泣く。どうせ仕込みだ演出だなど野暮なことは考えない。画面に映る子供の成長を我が子、親戚の子の成長のように喜び、思い出し、涙を流す。母性が溢れすぎている。神や仏ですら親に育てられているので、すなわち神越えである。神越えシェフだが、水に値段はつけない。

何より電話の時の声が違う。これは見ていて非常に面白い。下手したらドリフやフルハウス、とろサーモンの「二階席いくよ~」、三拍子の「俺がデブだよ」、中川家の貧乏エピソード「親がミニカー買ってくれないから自分の握りこぶしにライト描いて、ミニカーに見立てて遊んでた」より面白い。また中川家の「しけっとるやないかもうええわ」より毎回やっている。実家に電話したときの「もしもし~」と「ああ。あんたか」の間は「カチッ。」と音が聞こえるくらいである。遊戯王カードくらい表裏がある。人間である。

ここまでいくつかババァの特徴を書いてきたが、結局ババァからは「生」を感じるということである。それは文字通り母を感じ、安心感が溢れている為であろう。さらに「こいつもたぶんワシより早く死んでしまう」という安定感の無さも兼ね備え、やりたい事はまだたくさんあるであろうに我慢しているのかしら。昼間っから寝っ転がってるけど。という矛盾がたくさんあるところが素敵なのだと感じる。それはまさに生き物としての完成形であり、卵を産んだら死んでしまうこともある他の動物から分岐し、孫まで見るという人間特有の一生のスケジュールの大部分を占める姿であることが、ババァが完成形たる所以であると言えるであろう。

兎にも角にも美魔女よりババァの方が良いと私は考える。

美貌に焦がれ、やる気が無いから止め、それでもなるべく動かないでダイエットをしようとしているババァにそっと「あなたはきれいだよ」と包みこむ、こ汚いジジィを目指して。

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