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帰るところ

 毎年、この時期は交通網の悲鳴が聞こえてくる。新幹線や飛行機は、片道切符が普段の往復切符の値段を超えるし、高速道路は軒並み渋滞だ。同情する。私の実家は、自宅から十数駅だし、おばあちゃんの家もそこから車で10分程度。帰省ラッシュには縁がない。

 大学に進学するとき、それだけ近ければ実家から通えるじゃないか、という家族の反対を押し切って、今の家を借りた。別に実家が嫌いなわけではないし、家族との仲も悪くない。だけど、憧れのキャンパスライフは、やっぱり一人暮らしがよかったんだ。友達を呼んだり、恋人と過ごしたり(いないけど)、朝の時間は実家から通うより、30分以上もゆっくり出来る。

 初めての一人暮らしは、もちろん不安もあったけど、期待の方が大きかった。何より生活に困れば、いつでも実家に帰ってこれる。これは今でも私の強みだ。まぁでも、人間とは不思議なもので、いつでも帰れると思っていると、なかなか帰るタイミングをつかめない。

 さすがに年末年始は、毎年やることもなく、実家でゆっくり過ごしたけれど、夏休み中のお盆の時期は、サークルやらゼミ仲間との付き合いやらで、この2年、結局一度も帰っていない。高いチケット代も渋滞もないのに、なんで帰ってこないだ、と母さんにも姉ちゃんにもどやされて、ついに今年は渋々ながら帰ることにした。

 そういうわけで、今まさに電車に揺られている。

〈…次は~仙川~仙川~…〉

(ヴーヴヴ)

 母さんからラインだ。

『ちゃんと起きた?』

起きたよ

『何時ごろにこっちに着く?ごはんは?』

今さっき乗ったばっかりだから、あと2,30分くらいかなー。お腹はあんまりすいてない。

『了解!気をつけてね』

 適当なスタンプを返したとき、電車が速度を落とし停車した。この時期のこの時間でも人の乗り降りはあるものだ。家族連れもいるみたいだけど、家族そろって電車で帰省とかあるのかな…?まぁどうでもいいか。私はイヤホンから流れる音楽の音量を少し上げた。

〈…~次は~つつじヶ丘~つつじヶ丘~…〉

 しばらくして、早起きのせいで、うとうとし始めていた時、電車が止まっているのに気づいた。ぅわっ、いまどこっ?…武蔵野台か…まだもうちょっとかかるな。ふー、乗り物移動ってホントに眠くなるなぁ。地方への帰省も案外楽しそうかも。

 ゆっくりと動き出す電車に身を任せ、またしばらくぼうっとしていると、進行方向に体が押され、電車が急停車した。目の前の子供がはしゃいでる。どうせすぐに動きだすだろうと思っていたけど、いつまでたっても動かない。イヤホンを外してみると、繰り返しのアナウンスが流れていた。

〈…繰り返し、お客様にお伝えいたします。この先の区間で危険信号が点灯したため、緊急停止をしております。路線の安全確保のため、恐れ入りますが、今しばらくお待ちください…〉

 珍しいなぁ。お盆ではしゃいでる人がいるのかな。遅れたらまた母さんにどやされちゃう。こんなことならもう少し寝とけばよかった。あれこれ考えながらスマホをいじっていたら、しばらくしてようやく電車が動き出した。が、またすぐに停車した。今度はなに?と思いつつイヤホンを外す。

〈…お客様にお伝え致します。この先の区間で危険信号が点灯したため、緊急停車しております。路線の安全点検のため、恐れ入りますが、今しばらくお待ちください。お急ぎの中、重ねてお詫び申し上げ…〉

 またかよ!聞いたよ、それ、さっき!なんだよー。帰るなってことか?やっぱり。どうせお正月には帰るんだし。いつの間にはしゃいでいた子供たちも親御さんに抱かれて眠ってしまっている。私も思わず大きなあくびをして、スマホをいじりだした。

 結局そのあと、動き出した電車はまたすぐに停止して、何度も同じアナウンスを聞くことになった。あとから聞いた話だが、危険信号とやらは結局消えることなく鳴り続け、度重なる安全確保の末、それを無視して徐行を始めたそうだ。ゆっくり進む電車の外には、路線沿いに駅員さんなのか警備員さんなのかただの野次馬なのかわからないが、大勢の人が並んでいるのが見えた。

 母さんに、少し遅れちゃうかもしれないとラインをしていると、ようやく次の駅に到着するアナウンスが流れた。

 ああ、そうか、次の駅は…。

 ご先祖様もこの時期は渋滞に悩まされているらしい。生きてる人間がものぐさになっちゃ失礼だ。来年からはちゃんと帰るからね。

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