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その門を曲がると

 とある日の深夜、青年は女の笑い声で目が覚めた。小さなその声は、どこからともなく聞こえてきたが、どこかで宴会でもしているのだろうと気に留めず、彼はまた眠りについた。

 あくる日、またも深夜に目が覚めた。女の笑い声である。昨日よりもほんの少し大きな声で笑っている。まったく、週末だからって連日よくやるな、と呆れながら、彼は布団に深くもぐりこんだ。

 また別の日、女の笑い声が青年をたたき起こした。夕方の出来事である。彼は、自宅で一息つき、いつの間にか眠ってしまっていたのである。そこに、また一段と大きくなった笑い声。いったいどこからだ?と、窓から顔を出したが、声がどこからしているのかは分からなかった。

 近くに笑い声のうるさい女が越してきたのか。テレビか何かを見て笑っているのか。はたまた同居人がいて、連日、バカ騒ぎをしているのか。いずれにせよ、眠りを妨害されるのは、不愉快だ。何か対策をしなければ…。青年は部屋で音楽を再生し、忘れるように学校の課題に取り掛かった。

 数日後の夜中。聞こえてきた。笑い声だ。もはや聞き馴染みの女の声。青年はすぐにイヤホンを耳に差し、音楽を再生した。しかし、笑い声は止まらない。耳から流れこんでくる音楽を押しのけて、笑い声が脳内に響き渡る。ついに、我慢が出来なくなった彼は、窓を開け、どこへともなく叫んだ。

 うるさいっっっ!!!こんな夜中に笑ってんじゃねぇっっ!!!!!

 シン、、、と静まり返る窓の外。部屋では、勢い余って外れたイヤホンが床に転がり、シャカシャカと音が漏れだしている。しかし、その音は彼には聞こえていなかった。なぜなら、笑い声が、止まっていないからだ。

 青年は、耳を塞ぎ、うるさい、黙れ、と呟きながら室内をうろうろとしたのち、我慢できず、また別の窓から同じように叫ぼうとした。が、窓に映った自分の顔を見て、独り言つ。

 そうか、、、叫んでいたのは、、、。


 さぁ、これでしばらくは大丈夫だろう、よく頑張ったね、と白衣を着た老人が女に語り掛けた。女は、ありがとうございます、お世話になりました、と深々と頭を下げ、解離性同一性障害の専門、笑福医院を後にした。




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