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奥底に眠っている

 2019年、9月頃から今年の2月にかけて、オーストラリアで、大規模な森林火災が発生し、多くの被害が出たのは記憶に新しい。中でも印象深いのは、コアラの大量死だ。火事の影響でオーストラリア東部に生息していたコアラは、5分の2にまで、その数が減ったという。

 コアラの好物と言えば、ユーカリの葉っぱであるというのは、ご存知の方も多いだろう。のんびりと木にしがみつき、葉をもさもさと食べる姿は、実に愛らしい。しかし、コアラが好んで食べるそのユーカリという葉っぱには、実は毒性があるということを知っている人は少ないのではないだろうか。しかも、仮に毒がなくても、ユーカリは油分を多く含む葉っぱで、どんな生物にとっても食用としては不向きな植物なのだ。

 しかしコアラは、それを好んで食べる。1日に500グラムから1キロほど食べる。コアラの体重は約10キロ前後なので、人間に換算すると、約6キロ分のサラダを毎日食べていることになる。なぜ、毒性の植物をそこまで大量に摂取して、体に異変が出ないのか。

 その理由は2つ。一つは、2メートルにも及ぶ盲腸の存在だ。70センチ程度の体長に対して、非常に長いと言えるこの盲腸で、毒性をじっくりと分解し、消化吸収しているのである。

 もう一つの理由は、一日約16時間という睡眠時間にある。毒の分解と合わせて、長時間眠ることで体力、免疫の回復及び向上をしているのである。起きている時間も、地面に降りることはまれで、素早く動くことはない。

 このようにコアラは、毒性のある葉、ユーカリを自らの自慢の内蔵と生活リズムによって克服しているのだ。

 だが、ここでひとつの疑問が浮かび上がる。そもそもなぜ、彼らはそこまでして、毒を持つユーカリの葉を食べているのだろうか?

 彼らが生息している地域には、ユーカリ以外の葉も多く存在している。もちろん、毒を持たない葉もある。しかし、彼らはユーカリを食べる。

他の草食動物と食料の取り合いをしなくて済むように?

単純に味が良いから?

親を見倣って食べているだけ?

 これについては、様々な議論がなされているが、明確な理由は不明とされている。ただひとつはっきりと分かっていることもある。

 過去に、怪我をしたコアラを保護した村があった。そこでは、ユーカリの葉を用意することが出来ず、村民が普段食べている食事に近いものをコアラに与え、療養してやったそうだ。

 しばらくして、コアラを保護したその村は、地図から名前を消した。たった一夜にして、村民のほとんど全員が亡くなったというのだ。被害者はみな、獣の爪のようなもので首元を大きく割かれていたらしい。そして、保護していたコアラは、姿を消していた。

生き残った村民は口をそろえて言う。

「悪魔を見た。奴には、翼もなければ、角もない。奴はただ、目では追えない、灰色をした塊だ」と。

 引き続き、コアラたちには、ユーカリの葉を食べ続けてもらおう。

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