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「素地図屋の草ぬぎ」江戸噺

よしなしごと【気まぐれ選37】

 テンテケテケテケ、テンテン(出囃) 

 え~、東京は赤坂と申しますと、皆さん方はさぞ賑やかな所かとお思いかもしれませんが、賑やかになったのはついこないだのことで・・。
 お江戸の頃はもちろん明治になりましても、はなはだ田舎めいたところだったそうで。

 国木田独歩先生が明治35年にお書きになった『夜の赤坂』という随筆がございます。
 その中で、
 ~~~赤坂はさみしい処で、下町則ち京橋や日本橋に住んで居る者は、狐や狸の居る処と心得て居る位、実際又狐狸(こり)の居そうな処がいくらもあるのです。~~~
 とおっしゃっております。

 え~、つまり、赤坂には人を化かすタヌキが住んでいる、というお話をしたいわけです。

 お江戸日本橋のたもとに、とある大店(おおだな)がございまして、名を「素地図屋(すまつぷや)」と申します。江戸中誰も知らないものはないほどの人気店。近頃では話題の新製品「地出自(ちでじ)まんじゅう」も扱っております。
 そこの若旦那、なかなか優男で器量もいい、もちろんお金もあります。ただちょっと気が弱い。
 赤坂にお目当ての芸妓さんがいるのですが、これがなかなか、口説けません。そこで人のいい番頭さんに中に入ってもらって、お忍びで会うことになった・・というわけですな。

 「番父さん、首尾はどうなったかなあ」
 「若旦那、任せといてくれやす。ちゃあんと、顔が差さんように、お忍びや言うて料亭の離れ取っときましたさかい」
 「おおきに、すまん。番父さんも一緒に来てな」

 ということで、若旦那、今日はお店も休みでございます。いわゆる「オフ」というやつですな。朝も早よから、そわそわそわそわ。お昼過ぎにはもう出かけております。
 しばらく待っておりますうちに、お目当ての赤坂小町もやってまいりまして、「とりあえず麦酒いこか」と飲めや歌え、飲めや踊れ、飲めや飲めの大騒ぎ。麦酒も焼酎もどんどん空いてまいります。

 夜も更けて、「もう一軒河岸変えて飲もう」となりまして店を出ます。ぶらぶらと夜風に当たりながら歩き出します。
 と、ここで手筈通り、番父さんが
 「すんまへん、若旦那。わたしどうしても店帰ってそろばん入れなあきまへん。この辺で失礼いたします」と、姿を消します。
 別れ際に「若旦那、後はひとりでちゃんとやりなはれや」

 若旦那、赤坂小町と二人きり。さて・・となったところで、赤坂小町
 「若旦さん、今日はおおきに、えらいごちそうさんで。またお誘いくださいね、ほなさいなら」とシュッと帰ってしまいます。
 「え、待って、なんでこれからいうのに、何で」
 気の弱い若旦那。肩を落としてしょんぼりと・・・。

 これを見ていたのが、山王台は日枝神社に棲みついているタヌキでございます。
 「あ~、だらしないやっちゃな。しかしこら面白そうや、一つだまして遊んだろ」
 そこらに生えておりますタンポポを1本、ひょいと抜いて頭に乗せる。ポンっと腹鼓を打ってでんぐり返ると、あっという間に赤坂小町に化けてしまいます。

 「若旦那、若旦那、って」
 振り返りますと帰ったはずの赤坂小町が立っております。
 「うち、気が変わってん。うちの家で飲み直そ」
 赤坂小町は若旦那の腕をとって、ホントは噛みついているのですが・・、引っ張っていきます。

 小さな門を入ります。表札に「檜町・・」と書いてあったような・・。と、居心地のよさそうな離れがございます。
 「遠慮せんと上がって・・。先にお風呂使こておくれやす」
 若旦那、言われたとおりに脱衣場へ。着ていた服を脱いで湯船につかります。若草色をした温泉のような、いいお湯です。チャポン。

 「今お背中流しに行きますよって・・、いやん恥ずかしいし、向こうむいてて」

 若旦那、わくわくします。鼻歌も出ます、知らず知らず声が大きくなってまいります。
 ♪あれから~ボクたちは~何をどうしてたんだろう~
 酔っ払っておりますので歌詞はいい加減で・・。

 「やかましいわい!! この真夜中に!」
 いつの間にか、若旦那、草ッパラの中で見知らぬ若い衆に取り囲まれております。夜回りをしていた火消しの連中がやって来たようで。
 「真っ裸で何騒いでるんだよ、この馬鹿」

 若旦那、ハッと気付くと
 「赤坂小町は、小町はどこ・・」
 「何を訳の分からんことを!」

 すぐに奉行所に引っ立てられる若旦那。
 タヌキは騒ぎに紛れて、とうに逃げ出しております。

 奉行所に着くと、吟味に出てまいりましたのが泣く子も黙る南町奉行鳩山音羽守。
 若旦那の顔を一目見るなり、
 「お主、もしや素地図屋の・・」
 「はい、さようで、面目もないことでございます」
 「名は何と申したかな・・、あ、いや、言わんでもいい。わしが当ててやろう」
 お奉行、にやりと笑って
 「確か・・、草ぬぎ」
 
 テンテケテケテケ、テンテン(下げ囃)
【よしなしごと0306・2009年4月25日 (土)掲載】

2024注記
 ~草なぎ剛(49)が5月19日、MBS・TBS系「日曜日の初耳学」で林修氏のインタビューに応じ、2009年の事件を包み隠さず語った。
~草なぎは34歳だった2009年4月、泥酔し、東京都港区の公園で、全裸になって騒ぎ、公然わいせつ容疑で現行犯逮捕された。
~林氏に「何があった?」と聞かれると、「裸になって捕まっちゃったんです。大変なことを犯しましてね。酔っ払っちゃって、脱いでしまって」「その一夜が僕の人生を変えた。~」とためらわずに説明。(デイリースポーツより)
https://www.daily.co.jp/gossip/2024/05/19/0017672975.shtml

【よしなしごと】シリーズは『tanpoPost』に2004~2013年にかけて掲載したブログ記事です。エッセイ風のショートストーリー、パロディ、ニセ論文、小ネタ、などなど。思いつくままに書き散らした小文をランダムに【選】としてご紹介します。お付き合いいただければ幸いです。


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