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《創作大賞2024:恋愛小説部門》『友人フランチャイズ』第3話 白花色 0.5〜

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《第1章 第3節 白花色0.5~》 

 展示会場となっている美術棟の出入り口から外に出ると、緊張感から解放され、僕はぷわーっと大きく息を吐いた。そして、波森さんにさっきの発言に対しては、少しガツンと言ってあげなければ、これからこの大学で波森さんが生き抜いて行く際の一つの不都合になってしまうと感じ、僕は「駄目だよ。あんな事言ったら。明日から波森さんが、大学に行きづらくなるよ?」っと肩まで伸びた艶のある黒髪をなびかせながら歩く、波森さんの背中に向かって言葉を放った。

 それを聞いた波森さんは、歩くスピードを落とし、僕の横まで来ると僕に歩調を合わせ、あまり感情が表に出ない僕とは違って、表情をコロコロと変えながら「だって本当の事を言って何が悪いの?──あ!……でも、『白花色』を日の当たらない場所に飾ったのは、配置を考えた教授は流石さすが!観る目あるなって感じたよ。うむ。うむ。」っと指で顎をさすりながら関心していた。

 でも、すぐに、あっ……んー、っと唸りだすと「多分、少し怒るんだろうけど」っと前置きし、罰の悪そうな表情になると「小絲くんは、私の明日からの大学生活の事を考えて言ってくれたんだと思うのですが……実は私は小絲くんと同じ美大に通ってなくて……だからね……すごーく心配してくれて嬉しいんだけど、別にそこの美大の学生に何と思われようが、関係ないと言いますか……」っと、この後、僕から言われる事が予想できていたのか、僕より少しだけ小さい波森さんは、もう少しだけ小さくなり、僕の次に出てくる言葉に対して構えていた。

「ん?でも、僕の受けていた講義にいたよね?」
「はいー。……あっ。でも、あの時はね、たまたまよ。たまたま。朝ね、眠そうな小絲くんを美大の前で見つけまして、後を付けて行ったら、何と、講義室に入れちゃいまして……」
「何と、講義室に入れちゃいまして……って。もし見つかったら大変な事になってたよ」
「分かってるって。もう行かないよ。だって私は、これから先、講義室に侵入する目的は無くなった訳だし──あっ、そうだ。今日ね、もし小絲くんに会えたら、話したい事があって来たんだけど、これから少し時間あったりする?」

 これ以上、この会話を続けると分が悪くなると思って話題を変えたんだろうなっと、波森さんの分かりやすく慌てる表情から感じ取れた僕は、講義室に侵入した件は流す事にした。

「うん。僕は今日、バイトないから大丈夫。だけど、もう暗くなり始めたし、夜遅くなると波森さんが1人で家に帰るのが危なくて心配だから、少しだけね」

 それを聞いた波森さんは、慌てていた表情が鳩が豆鉄砲を食らった様にキョトンとした顔に変わり、次の瞬間、ダムが決壊したかの様に笑い始めた。

「な……なんだよ?僕、何かおかしい事言った?」

 女の子だし、夜遅くなると危ないからって、僕なりに気を遣って言ったつもりなのに、そんな笑わなくても良いじゃんっと、少し胸にジリジリするものを感じていると、そんな様子を勘付いてなのか「ごめん。ごめん」っと笑いながら涙を拭いて「だってー……」っと爆笑して乱れた呼吸を整えていた。

「いやね……私の考え方にもよるのかな?って思うんだけど、夜暗くなって、女の子が1人で夜道を歩くのが心配だったら、僕が家まで送るよ。キラ☆ってのが、紳士の嗜み?って思ってて。それをさ……ぐふふ……小絲くんってば、私が夜道を1人で帰るのが心配だから、少しだけなら話して良いよ。って……。いやいや!家の近くまで送らんのかい!って思ってしまって」

 そう言われて、ぐうの音も出なかった僕が、うう……。っと唸っているのを見てテンションが上がったのか「まっ。そんな所も小絲くんらしいよね」っと、揶揄からかったのか、どうかは分からないけれど「でも、私には門番がいるから、夜中に出歩いても大丈夫なのです」っと、腕を曲げて力こぶを作った。

「門番?」
「そう。そう。ゴリラゴリラゴリラ門番」
「ゴリラゴリラゴリラ門番?」
「そう。そう。だってゴリラって正式な名前は、ゴリラゴリラゴリラでしょ?だから、ゴリラゴリラゴリラ門番」
「んー。ゴリラゴリラゴリラがゴリラの正式名称ってのを聞きたいんじゃなくて……」
「門番ね。大丈夫だよ。これから小絲くんも会える機会あるから、それまでのお楽しみだね」

 波森さんは僕にそう言い残して、笑いすぎて喉が乾いちゃった。っと目の前にあるコンビニへ駆け足で入って行った。

 僕は門番?って気になりながら、コンビニの前にある値段設定が安めの自動販売機で、ペットボトルのお茶を買うとキャップの蓋を開け、喉に流し込んだ。

 陽が傾いて、カンカンとした太陽も落ちたとはいえ、長引く残暑を残す9月の暮れ。僕はこんなに沢山の時間を人と話したのも、女の子と話したのも久しぶりだったって事もあってか、自分でも気づかなかったくらい喉が乾いていた。

 1本目のお茶を飲み干し、2本目のお茶を買ってキャップの蓋を開け、グビリと一口飲むと同時に、波森さんがコンビニから買い物を終わらせ、僕を見つけると手招きし、コンビニの横にある搬入用トラックが停められるスペースの奥へと入って行った。

 コンビニの照明が煌々と輝く一般客が停める駐車場とは違って、コンビニの光が当たらない方へと、消えた波森さんを追って行くと、波森さんは太陽にずっと照らされて色が褪せたブルーのベンチに座わっていて、僕が来たのを確認すると、自分が座っている隣の席をトントンっと叩き、僕はそこに座った。

 そして、コンビニから買って来た袋を漁ると、銀色に輝く500mlの缶ビールを取り出し、プッシュっと慣れた手つきで開け、僕に銀のやつ!っと嬉しそうに見せて、美味しそうに喉を鳴らしながら半分くらい一気に呑み、プヘーっと身体に染み渡るアルコールをたのしんだ。

「え?お酒は20歳にならないと、駄目なんじゃ?」

 僕の疑問に、ん?っと更に疑問の表情を浮かべ「そっか。言ってなかったっけ?」っと、一口また缶ビールを飲んで、銀のやつを僕に見せつけながら言った。

「私は20歳になったので、アルコールを呑んでも大丈夫なのです。羨ましいでしょ」
「え?って事は僕の2歳年上って事?」
「そうだよ?自己紹介する時に言ってなかった?ごめん。ごめん」
「はい。聞いてない……です」

 波森さんが年上だと知って、敬語で話そうとしている僕を、ははーん。っと勘繰かんぐる様に見つめ、目の前に出した缶ビールを膝の上に引っ込めると「いやいや、私は年下だからって、敬語使えーとか言う心の狭ーい人間じゃないから」っと言った後、半分くらい残った缶ビールをグビグビと美味しそうに飲み干した。

 そして、意を決した様に、僕の方に上半身だけ身体を向けた。僕は反射的に波森さんの顔を見た。その時タイミングよくコンビニの駐車場に停めてある車のエンジンがかかり、その車から放たれた光が周りの遮蔽物しゃへいぶつからこぼれ、波森さんの顔に当たると、大人の女性の顔が暗闇からくっきりと浮かんで来た。

 少し分厚い唇に薄くひいているピンクのグロスの甘い香りと、アルコールの匂いが混じった香りが僕の心をくすぐった。

 次の瞬間、波森さんの少し分厚い唇がニッと笑うと「それでね、小絲くんに会ったら話そうと思ってた事はね」……っと上半身を反対に向け、ガサガサとコンビニの袋からもう一本500mlの缶ビールを取り出すと、僕の前に2本目の銀のやつ。っと見せつけ、またグビリと呑んで、うん。言おう。と、心に決めたのか、もう一回上半身を僕の方へ向け、思い入った眉に決心を固め、藍墨茶の色の大きな目で僕を見つめた。

「私は、小絲くんとずっと友達でいたいから、友達でいる間、1日×かける30分の時間を私に下さい」

 僕がどういう事だろう?っと考えていると、波森さんは、次は僕が鳩に豆鉄砲を食らった時の様な顔になっていたからなのか、もしかしてやばい事でも言った?っと思ったのかは分からないけど、語尾に力を入れたさっきの勢いと打って変わり、逃げ場を失った小動物の様にコンパクトになって、でも、恥ずかしさを悟られたくないのか、手をパタパタさせて大きく見せながら、こちょこちょと話しだした。


「あっ……いやね……いきなり言われて……びっくりしたと思うんだけどね……私も……逆の立場なら、びっくりすると思うし……でも、ずっと昔から考えてて、この前、講義に進入して小絲くんと話した後から、次会ったら絶対に言おうと思ってて……」

 波森さんは言葉を詰まらせたのか、喉に突っかえる言葉を持っていた缶ビールで流し込み、僕の反応を待っていた。

 僕はずっと、自分で作った不都合のせいで長い間友達ってのができなかった。でも波森さんには会って2回目なのに、居心地がよくて……びっくりはしたけど、こんな僕にずっと友達でいたいから。って言ってくれたのが嬉しくて、だから僕も波森さんとなら友達になりたい。って思えたから、今まで人に言えなかった自分の事についても、返事に混ぜて話してみる事にした。

 気にはなったけど、How toに触れそうだったから波森さんが、ずっと昔から考えてて。っと言った所には触れずに。

「僕は、長い間自分の不都合のせいで、友達って言える人が居なかったんだ。でも、小学生の時はこうじゃなくて、絵を描いたら、いつもコンクールで賞を取ってて、お母さんとか沢山の友達から、上手とか、凄い、って言われてた。それが僕の自信になって、いつの間にかそれが僕の背骨になっていたんだ。でも、中学の美術部に入ると、僕より上手い人が沢山いて、賞も取れなくなって、自信がなくなって、ある日、僕の背骨がポキって折れてしまって、それから僕の心が藍色に染まって、上手く人と距離を縮める事ができなくなってしまったんだ。でも、波森さんとの距離は不思議と居心地がいいから、ずっと友達でいたいって言ってくれて嬉しいよ」

 波森さんは、時々、相槌を打ちながら、僕の長々とした下手くそな自分語りに付き合ってくれた。そして、2本目のビールを飲み干し、じゃーこれから私達はずっと友達だね。っとコンパクトになっていた背筋を伸ばした。

 波森さんのそんな姿を見ていると、僕の折れた背骨に支え技ささえぎを貰った様な気になって、僕も釣られて背筋を伸ばした。

「小絲くん、シャキっとしたら意外と身長高いのね」

 ふふふっと笑うと波森さんは深くベンチに腰を掛け直して、更にグッと背筋を伸ばすと、んーっと言いながら、顎を上げて大きく見せようとした。だから、僕はもっと大きくなろうって思った。波森さんの隣で釣り合えるようにと。そんな事を考えていると、波森さんは、でね。っと話を始めた。

「1日×30分の事なんだけどね」っと横で伸ばした身体をプルプルさせ、僕が座っている左へ横目を落とした。
「うん。気になった」っと僕もプルプルさせながら、波森さんがいる右へ横目を落とす。

 ふー。疲れたっと身体の力を先に抜いた波森さんはガサガサとコンビニの袋の中から、350mlの缶ビールを取り出し、3本目の銀のやつっ小!っと言って蓋を開けて、ちびりと飲んだ。

「それでね、今日から私達は友達じゃん。それで、私は今日、明日、1週間、1ヶ月、1年、10年って、ずっと1番の味方の友達を小絲くんに上げ続けるの。そして小絲くんはその対価として、私に1日に付き30分づつ貯金して、後からまとめて払ってもらうの」
「フランチャイズ契約みたいな感じ?」
「詳しくは分からないけど、そんな感じ?」
「僕のバイト先の居酒屋がフランチャイズチェーンなんだけど、親会社が商標とか経営のノウハウとかを商品にして、それを契約した加盟店に伝えて、加盟店は親会社に売り上げの中からロイヤリティを支払う契約。だから、波森さんと僕の場合だったら、親会社の波森さんが、僕とずっと友達だよって言う商品に加盟店の僕が1日に付き30分のロイヤリティを支払うみたいな。それで、そのロイヤリティの支払い時期はいつなの?」
「小絲くん頭いいね。そうそう、そんな感じ。私が親会社。君は私の加盟店。いい響きだ!それで、ロイヤリティとやらの支払い時期は小絲くんが、そのフランチャイズ契約とやらを切った後からの、まとめ払いでいいよ」

 そう言って、波森さんは350mlのビールを一気に飲み干した。

 波森さんにはそう言ってくれて嬉しい気持ちがあるのだけど、嬉しい気持ちの反対側にある、僕の藍色の言葉がふと口から漏れた。

「でも、波森さんからフランチャイズ契約を切りたくなった時は?」
「それは、ない!」

 藍色の言葉が出た後、あれこれと考えてしまう前に、波森さんは僕のあれこれに蓋をする様に即答した。そして、話を続けた。

「ないっ!けど、言いたい事は言う。言いたい時に言う。それが私だから。小絲くんとは、ずっと友達だから時間が掛かっても、伝えたい事は言う」

 そう言って、ニッと僕に笑いかけた。

 その笑い方にまた、僕の中に一滴の真っ白を落とした。

「じゃー、一生そのロイヤリティを払うことはないね。僕の勝ち逃げだ」

 僕の藍色が、白花色になった。そして、自然と口角が上がった。

「じゃー。フランチャイズ契約を切られたら、その支払ってもらう時間で何をして貰おうかな?ディズニーランドでも奢って貰おうかしら。もちろんスイートの」

 そう言って、波森さんはベンチの下で、足を軽快にステップさせた。僕はそんな波森さんを見て、初めて会ったあの日の事と白花色が一番の作品。って言ってくれた後から、今、この瞬間の事を考えた。そして、僕の未来の事に思いを馳せてみる。

 ずっと友達。でも、人間って絶対いつかお別れは来るよね。その時、僕はどうなっていたい?波森さんに何をしてあげたい?そんな事を考えていると、僕は一つの答えを見つけて、波森さんに伝えた。

「もし、万が一、フランチャイズ契約を僕から解約したら、貯まった時間の全部を使って波森さんを描いて表現するよ。そして、世界中に僕の友達は世界一って自慢する。だから……それまでに、僕は有名な画家になる」
「いいねー。それ、悪くない!では、では、本日2001年9月30日より開始します!」

 そう言って、ご機嫌そうな波森さんは、ビールを飲みすぎたのか、火照った体を右手で仰ぎ夜空に耽った。コンビニの光が強いのか、空には小さな星が数えれる程しかなかった。さっきまで、波森さんの声しか聞こえていなかったコンビニの横。いつもは雑音に聞こえる車のクラクションも、コンビニの扉が開く時に流れる音楽も、今は心地よく聞こえた。理解してくれる人がいて、夢を語らせてくれるって、こんな贅沢な時間を過ごせるのはいつぶりだろう。僕は波森さんが観ていそうな白い小さな星を眺めた。

「ねー。この契約なんて名前にしよっか?」
「そうだね……友人フランチャイズなんて、どお?」
「いいね。それ」

 そうして、あっさりと名前は決まった。友人フランチャイズ。そして、また心地よい静寂に僕は身を任せた。

「帰ろっか」

 暫く時間を忘れて、物想いに耽っていると、波森さんそう言って立ち上がった。

「うん。家の近くまで送らなくて大丈夫?」
「おっ。私が教えた紳士の嗜み覚えてるじゃん。でも、まだ20時だし、大丈夫だよ。送って貰うのは22時過ぎてからお願いするね。あと、これ、私のメールアドレス」

 そう言って波森さんは二つ折りの携帯を開きプロフィール画面を僕に見せた。友達同士の連絡先の交換ってこんなに自然にされるんだって、僕は波森さんのアドレスを打ち込むと、そのアドレスに僕の携帯の電話番号を付けて送信した。

「波森さん帰ったら何するの?」
「起きてれるまで、起きてるかな」

 ふと、そんなコンビニの駐車場の出口までの何気ない会話の中で、空から波森さんの頭の上に一滴の真っ黒が落ちてきて、表情が一瞬暗くなったような気がした。

「波森さん、どうかした?」
「ん?何が」

 僕の質問に波森さんはニッと、笑っていた。でも、ぎこちなかった。

「これから先、もっと波森さんの事、聞かせてね」

 何かを隠そうとしているのは分かった。多分今、聞くべきだ。でも、まだ出会って間もないし、あれこれ聞かれるのも嫌だよね。嫌われちゃうよね。だから、これから聞けばいいよね。っと、遠慮した気持ちが、これから先……って保険をかけてしまった。

「何だか夢みたいな事言うね。小絲くんありがとう。絶対連絡するからね」

 でも、波森さんは僕の遠慮に夢を見てくれた。

 聞くべきか、聞かないべきか、僕の頭の中を決心とそれを崩す言い訳が頭をぐるぐるして身体が固まっていると、僕の携帯電話に知らない番号から電話が掛かって来た。

 すると、僕があれこれ言い訳を並べている内に、波森さんは、僕より先に歩いていて、僕が電話に気づく頃には50m先の街灯の下にいた。

「私、決めたから」
「何を?」
「んー。秘密」

 波森さんの声は明るかった。

「んじゃ、またね。おやすみ」

 そう言って、電話が切れると、街灯の下にいた波森さんは走って、暗闇の中に溶けて行った。

 次の日のバイト終わり。バイトの時間が日をまたいだので、正確に言えば2日後の夜中。僕は夜中に迷惑かな?っと考えたけれど、この前はありがとう。これからも宜しくお願いします。っと僕なりに迷った結果、簡単な内容のメッセージと勇気を出してニコリっと笑ったスタンプを送って、波森さんからの返事を待った。

 でも、その夜も次の日もまたその次の日も、返事は無かった。

 帰る時に見せた波森さんの表情が、何故か頭をよぎって、胸をざわつかせた。僕は波森さんから真っ白を貰った。そして、僕の心の中が藍色から白花色になった。でも、僕は君に何か色をあげれているかい?僕はニコリと笑うスタンプに目を落とした。


『友人フランチャイズ』 第2章 第1節《友人フランチャイズ 4028.5》  へ続く。

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