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『短編』三等星の君

三等星は、天候・季節・環境の条件が揃って薄らと見えるか見えないか。そんな場所に僕は住んでいる。

よく昔、お父さん肩車をして貰って近くの河川敷に見に行っていた。

「ちっちゃいね。」

僕は囁く様な小さな声でいつもその時はお父さんと話していた。そうしないと星が見えなくなってしまいそうだったから。

✴︎

僕は大学に入り、学業とバイトに明け暮れていた。
当時、付き合っていた彼女とも価値観の不一致から一方的に別れを告げられた。

「学生の時は沢山経験したい。」

ありきたりな決まり文句だった。
それから、一か月経たないうちに彼女は新しい相手を見つけたみたいだと友達から聞いた。

僕はバイトの店先でクリスマスケーキを売っている。誰かが今日の幸せを祝うための材料を売っている。
季節は冬。街にはイルミネーションが輝いていた。僕にはうざったいだけの眩しい光だった。

僕はバイトが終わると足早に店を後にし、帰りの電車が来るまでコンビニでコーヒーを買い、温くなったコーヒーを飲みながら駅の広場にあるベンチで時間を潰した。

「こっちは一等星も見えないか。」

空を見上げ、ビルの光。街の光。全てが邪魔をしてただただ空は夜より暗い真っ黒な闇が広がっていた。

その時である。道交う人の声の中から微かに聞こえるメロディ。

ごちゃ混ぜになった会話の中から聞こえてきた、切ない歌声。

僕はその歌を発する主人の元へ引き込まれる様に足を運んだ。

そこにはギターが大きく感じるほど小柄で、髪の毛を後ろに一つ結びにした女の子が沢山の色が混ざってグレーがかった言葉の中に自分の色をぶつけている。
彼女の周りには4人程いた。
僕と同じく彼女の色に釣られた人たちだろう。

僕は彼女の作るメロディと言霊に両耳を持っていかれた。

1人減ってはまた1人増えて。
彼女に癒された人達はまたグレーの世界に消えていく。そして疲れた人達がまた彼女の元へやっとくる。

手に持つコーヒーはもう冷たい。
夜より暗いこの場所に僕は微かな光を見つけた様な気がした。

   ✴︎                   ✴︎

僕は変わらず、周りと変わらない学生生活を送っていた。周りは学業にサークルにバイト。学生らしい生活を楽しんでいた。僕はなかなかその生活に馴染むことができないでいた。

バイトを終え、終電が来るまで駅前の指定席で彼女の歌を聞く。それだけで当時の僕は満足だったのかもしれない。

季節は春になり、僕達学生は新しい道を探さなくてはならない年となった。
僕は3社応募してそのうちの1社面接まで漕ぎ着ける事ができた。

今からはあのグレーの世界に自ら身を投じなければならない。その準備をこの一年で行うんだと覚悟を決めていた。

就職に専念するため、バイトも今月いっぱいで辞める事を告げた。

ある日、バイトの帰りコンビニのを出ると段ボールを片付けている人を見かけた。

軍手をはめて何枚も重なった段ボールを重たそうに上へ上へと重ねていく。

歪に重ねされた段ボールは支点を失い全部崩れた。その人は一瞬それを見つめ深いため息を吐きまた重ねいる。

僕はその人のところに近づきバラバラに散らばった段ボールを拾い上げ重ねた。

「あ。。。ありがとうございます。」

あれっ?この声聞いたことある。僕は彼女の顔を確認した。紛れもなく一日で1番よく聞いている声だった。

「大丈夫ですか?手伝いますよ。」

彼女は一回は断ったが僕は手伝うことにした。
すると彼女は自分が付けている軍手を外し

「怪我するといけないからつけてください。」

僕に渡して来たが、彼女が怪我をするとギターが弾けなくと思い断った。

「なら右手だけでも。」

そう言われ僕は右手だけの軍手を借りることにした。軍手には微かな温もりがあり寒い夜右手は少し暖かかった。

なんだか一等星くらいなら見えそうな気がした。

      ✴︎          ✴︎

僕はなんとか一社面接まで漕ぎつけた会社に内定をもらう事ができた。バイトも辞め卒業論文も書き終え、後は覚悟を決めるだけとなっていた。

夜になれば駅前の指定席で彼女の歌を聴く。そんな生活を送っていた。

彼女とはコンビニでの件で少し親しくなれたが歌を聴く時は周りの観客と同じ立ち位置でいちファンとして聞いていた。

雑踏に落ちる彼女の言霊。
それを聴くために足を止める人達。
彼女の周りだけ世界が違っていた。

連絡先も交換していない僕達は一定の距離感をとりながらたまに彼女の働くコンビニに行き、終わってからコンビニの駐車場でコーヒーを飲む。それを楽しんでいた。

彼女は九州で産まれ、歌手になる事を夢見て高校卒業後上京して来たらしい。

最初は都会の洗礼を受け困惑したそうだが、それでも何とか軌道に乗せバイト終わりにあの駅前で歌を歌っているそうだ。

「早く沢山の人に聞いてもらえる様になったらいいね。」

僕がそう言うと

「そうなりたいけれど、今のあの駅前で歌っているのも凄く楽しい。たまに野次とか飛んで来るけれど、それよりも前回来た人がまた来てくれる。それが凄く嬉しい。君みたいにね。」

彼女はそう言うと横に置いてあるギターケースからギターを取り出し、服の袖で拭き始めた。

僕は彼女の夢の話を聞いて羨ましくなり、彼女の魅力はここから産まれてるんだと感じることができた。

        ✴︎      ✴︎

僕は社会人として会社で働き始めた。やはり想像していた様に凄くグレーな気分に毎日なる。

でも、終電までは彼女の歌を聴く様にしていた。

休みの時は彼女のいるコンビニまで行きいつもの様に話をした。それで僕は満たされていた。

僕は時々星の話をした。

「僕達が見ている月の光は8分20秒前の光なんだ。」

「そうなんだ。ならあの見えるか見えないかの小さな光はいつのだろうね。」

彼女は僕には見えない星を指差しながら言った。
僕に見えない光を彼女は見ていた。

いつもの様にコーヒー片手に彼女の歌聴き終電近くなったので、駅の改札へと向かっていた時、彼女が後ろから声を掛けて来た。

「ねー。今度ここに一緒に行かない?」

彼女の手にはクシャクシャになったチラシが握られていた。

そこには沢山の星が空いっぱいに散らばっていた。

「ここからならそう遠くないし、夜だから一泊しないとだけれど行ってみたいんだ。」

僕は困惑したが急いでいたので、

「じゃ、今度の連休の朝9時にいつもの場所で。」

「分かった。宿はこっちでとっておくね。」

少ない打ち合わせを終え、僕は電車に乗り込んだ。僕達の打ち合わせはこれくらいで大丈夫だと何故か自信のない安心感があった。

         ✴︎   ✴︎

当日。
僕は少し早めに到着したが、彼女はそこで待っていた。

「早かったね。待たせると悪いと思ったから早めに来たんだけど。」

「君は絶対早く来るって思ったからそれより早く来てみました。」

彼女はしてやったり顔で答えた。

僕達は駅弁と飲み物を買い、電車に乗った。
揺られる事2時間弱。目的の場所に到着した。

緑に青。赤に黄色。いつも見ているグレーの風景ではなく、ハッキリの色が仕事をしている場所。凄く綺麗だった。

僕達は宿まで少し距離があるとの事なので、風景を楽しむため散歩も兼ねて歩いて行くことにした。

「私の育った所にそっくりだ。あの畑で使っている機械私動かせるよ。」

彼女は違う土地で故郷を懐かしんでいた。

「僕もここまではないけれど少し田舎だったよ。週末の夜は時々お父さんと星を見に行ったんだ。三等星まで見えて綺麗だったよ。」

「だから、星に詳しいんだね。」

そんな会話をしていると、宿に到着した。
彼女はチェックインするためにカウンターに行ったが、何やら彼女と受付の人がザワザワしている。そして、僕の方へ来て。

「どうやら、ホテルのミスで2つ部屋を取ったのに一つしか取れてないみたい。」

「んー別の所は満室みたいだね。」

僕はスマホで周りのホテルを調べた。

ホテルの好意で広い部屋に変えて貰ったが、ベッドは大きいのが一つしかなかった。

「なら、僕はこっちのソファで寝るから気にしないで。それより、夜のためにいろいろ買い出しに行かなきゃ。」

凹んでいる彼女を何とか宥めて、買い出しを終え夜を待った。
しかし、ついていない時はとことんついていないらしく、昼間雲ひとつない空に雲がかかり始めた。

「スモッグ掛かってきたね。しかも暑い雲だなー。今夜は見れないかも。」

僕は彼女にそう言うと凹んだ彼女は今にも地面にめり込んで行きそうな重い空気になった。

とりあえず、外が見える場所にテーブルと椅子を運んで買ってきたお菓子に飲み物を出し、

「雲が晴れるかもしれない。それまでここで、話をしようよ。」

重い空気の彼女を前に座らせて僕の話を始めた。

「君の歌を聞く前僕はなかなか生活に光を見出せてなかったんだよ。バイトが終わって駅前のベンチに座っていたら君の歌声が聞こえて、気づいたら君の前にいた。それからは、僕の生活に少し色がつきばしめたんだ。」

「それで、それで。」

彼女はさっきまでとは違い、僕の顔をギラギラと見出した。

「やっぱり、生活自体は退屈でつまらないかったし、会社に入っても世界はグレーなままだった。君の歌を聴きに来る人たちの気持ちが分かったよ。君の歌はそんな人を癒す力があるからこれから先も続けてほしい。」

僕がそう言うと彼女は赤くなる目を隠そうと缶ビールを飲み出した。

「あっ。そうだ。これ、夜あげようと思ったけれど。」

僕は小さな小袋を彼女に渡した。
先日、楽器屋で見つけた星が散りばめられたギターピックである。

彼女はそれを見て、曇がかった空にかざし

「沢山星が降ってるね。眩しい。でも君はグレーじゃないよ。名前と同じで誰かを照らす力があるんだから。」

そう言ってギターピックを眺めていた。

それから、彼女は何かを言おうとしたがそれをやめた。
話かけると消えそうな星を僕は黙って見ていた。
雲は晴れる事なく。その日は終わった。

✴︎                          ✴︎

社会人になり一年が経った。
いつもの様に会社を出ていつもの場所へ。
しかし、彼女はそこにはいなかった。

次の日もその次の日も彼女はそこにいることなく、彼女のいた所には雑音が響く空間が広がっていた。

僕は彼女が働いていたコンビニに行ったが彼女は退職しているらしく何処に行ったかも分からないままだった。

僕は生活の芯を折られたようにぐにゃぐにゃになり、営業成績も落ちた。成績が良かった僕は最初は上司から心配されたが、段々と怒号に変わり、最後は何も言われなくなった。

会社と家との往復とSNSで呟くだけの1日となった。

彼女の歌声を失った僕の心はあまりにも脆かった。上司の怒号と刺激のない世界は黒くなりつつあった。

四月人事異動があり、僕は総務に送られた。
総務という名の何でも屋さんだ。
毎日残業続きで僕の身体は悲鳴を上げたしていた。

そんな時、会社のトイレでSNSを見た時知ってる顔があった。彼女である。

僕は彼女の投稿を読んだ。

今は海外ボランティアをしながら歌を歌っているらしい。

そして彼女が僕の前から居なく頃の投稿を読んで僕は声を漏らしながら泣いた。

「星夜くん。こっちで星を見に行こう。」

僕は今君のいる空港にいる。
三等星の光は見える時と見えない時いろいろあるけれど、次はずっと見ていることにするよ。

✴︎✴︎

終わり

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