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88番目の貴女に恋して。

僕は1番左の鍵盤。凄く暗い重い音しか出せない。重い音だからなかなか活躍する機会も少なく、自分の存在意義を毎日考えていた。

ある日調律の叔父さんが来た時の話。
1番右のドの彼女を鳴らした時僕の小さな恋が始まった。

彼女の声は凄く綺麗で僕の低い重い声とは違い真っ直ぐ空間を突き抜け僕のハートを射止めたのだ。

その日からピアノを弾いてもらうたび、僕は沢山の声の中から彼女の声を探した。

この声は違う。これも違う。

やっと連弾の中で彼女の微かな声を聞けた。
その日の僕はウキウキである。

あー。何て綺麗なんだ。一度で良いから同じ曲の中で彼女と一つになりたい。

僕は儚い夢を抱く様になった。

ご主人が弾くたびに彼女の音を弾いておくれ。
僕は来る日も来る日もそう願っていた。

そして、彼女の声が聴こえたら、さぁーご主人僕を弾いておくれ。
彼女と僕を音楽の中で一つにしておくれ。

来る日も来る日も僕は願っていた。

しかし、僕と彼女は同じ曲で出会う事はなかった。

低いラの僕と高いドの彼女は混じり合う事はないのだろうと僕は塞ぎ込んでしまった。

しかし、彼女の声が聴こえたら僕は反応してしまう。気持ちを抑えることが出来なくなってしまっていた。

どうか、神様お願いします。
彼女の音と僕の音を一つにしてください。
それまでは僕は壊れない様頑張りますから、お願いします。お願いします。


毎日毎日僕は祈り続けた。僕の体は白鍵と言うには見窄らしく黄色くなり、硬銅線は今にも切れそうで声を出すたびに身体に激痛が走った。

周りの仲間は調律師のおじさんに綺麗にされており、真っ白の身体で若々しい音を出している。

僕はあまり使われないらしく、身体を綺麗にしてもらっていない。僕の声はだんだん小細くなっていくのが分かった。

あー。そろそろ僕は声を出せなくなっちゃうな。

彼女の声を聴けるのも後少しみたいだ。

その時である。ピーン。彼女の音だ。
弱りきった僕の身体は彼女の真っ直ぐな音で息を吹き返した。

ご主人の手が彼女の方から僕の方へ近づいてくる。

後少し。ご主人。僕を鳴らしておくれ。
ご主人の小指が僕を強く叩いた。

その時、僕の声は宙を舞った。右を見ると彼女がいる。

あー。やっと逢えた。貴女に逢えた。
僕は貴女の声に恋をした。やっぱり素敵だ。そして同じ空間でこうして出逢えた。僕は幸せ者だ。ありがとう。ありがとう。

彼女に今までの事を伝えた。

私も貴方の低く優しい声に恋をしていました。
いつも曲の中で貴方を探していました。
あー。やっと同じ空間で出逢えることができました。このワルトシュタインは私達の長年の夢を叶えてくださいました。素敵な曲。ありがとう。ありがとう。

僕は今凄く幸せだ。出逢えなかった貴女にこうして出逢えた。僕はこのワルトシュタインに全部を載せて奏でるよ。

これが僕の声さ。聴いておくれ。そして貴女の声をもっと聴かせて。

これが貴方の声ね。優しいわ。でももうすぐで終わりみたい。ありがとう。貴方の声は凄く優しかった。

ありがとう。貴女の声はやっぱり真っ直ぐで魅力できたったよ。

ありがとう神様。最後に全力を出すことができました。もう悔いはございません。

ありがとうございました。
僕は1番幸せな白鍵でした。

トス。。

プツン。。。

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