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『短編』凄く小さくて、でもホカホカで。


「明日からお前はあっちの現場も頼むな。」

僕は仕事を終え自分の命を守るにはあまりにも滑稽なヘルメットを脱いで、作業主任にコクリと返事をした。

僕はビルの窓を吹く仕事をしている。
別にやりたいわけでもないが、給与がいいと言う理由で、この仕事を選んだ。

次の日僕は作業手順を教えてくれる先輩従業員と2人である一つの病院へ向かった。

僕と先輩は屋上へ上がり、装備を装着してから慣れた様に屋上から順に窓を拭いていく。

もちろん、外から中はよく見え、病院という事もあり様々な人がいる。

ベットでゲームをしている、足を骨折した少年。
働く看護師に医者。
そして、今にも息を引き取ろうとしている老人。

僕は窓を拭きながら横目で中を観察していた。

僕はある一室。多分5階くらいを作業していたと思う。ずっとベットに座り外を見ている20代後半くらいと目が合った。

しかし、彼女は僕の顔を見てもなんのリアクションもしない。僕よりもっと遠くを見ている眼差しだった。普通なら窓の外に人がいるので、驚いたり、少し微笑んだりするものだ。しかし彼女にはそれがなかった。

僕はいつもの様に窓を拭き、下の階へ降りていった。

滞りなく仕事を終え、道具を片付けて先輩と事務所へ戻った。

「何か病院って外から見ると寝間苦しいですね。いろんな思いがギュッて詰まった様な。」

「そうだな。それを外から見れるのは俺たちの仕事だけかもしれないな。」

一杯になった灰皿の隙間にタバコを押し付けながら先輩は言った。

病院の窓拭きは週に一回。僕はその間は違う現場を回る。でも他のオフィスビルよりやはり病院は独特な雰囲気がある。

そして決まった日、僕は先輩と病院へと向かった。

骨折した少年のベッドとあの老人のベッドは何事もなかったかの様に純白のシーツに変えられていた。

僕は5階に差し掛かった時、あの女性はベッドに座り僕を越えて遠くを見ていた。

その時、僕を固定するカラビナが窓にコツンとあたった。彼女は後に反応したキョロキョロとあたりを見渡した。何もないと確認すると彼女はまた僕の方を見ている。僕は窓を2回コンコンと鳴らした。彼女はベッドから立ち上がり窓の方へと寄って来た。彼女は手で窓の位置を確認し、ニコっとしながらこちらを見ていた。

どうやら彼女は目が見えていないらしい。僕は確信した。

僕は目が見えていない彼女に手を振り、コンコンと窓を叩くと下の階に移動した。

頭上からコンコンと2回窓を叩く音を聞きながら。

次の週。彼女はベッドに座っていた。グルグルと目に包帯を巻き先生と話をしている様だった。僕は小さく漏れる先生との会話を盗み聞きした。

「手術は成功しました。来週包帯が取れるでしょう。しかし、視力が回復する見込みは前説明した通り、5割だと思って下さい。」

彼女は先生の話を聞き、コクリとうなづいた。

彼女の覚悟が痛々しい包帯から滲み出ている。彼女はベッドに座り外の景色を夢みて手術に臨んだに違いない。
僕は陰ながら彼女の視力が戻ってまた外の光が眩しいと思ってもらえるよう願った。

彼女の結果が出る朝。
僕は現場で早めに準備を済ませ、手際良く6階までの作業を終わらせた。

そして5階に差し掛かった時、彼女はそこに居なかった。部屋の状況を見るに退院はしていないらしい。今、視力が戻っているのか診療しているのかな?っと僕は少しドキドキしながら作業にあたった。

季節は秋。
少しばかり肌寒い。

「どうやらまだみたいだな。」

僕は胸ポケットからメモ帳を取り出し小さく破いて。

「ここからの紅葉はきれいですね。」

そう書くと飛ばないよう窓の隙間に挟んだ。
そして4階へと降った。
5階の窓はいつも以上に綺麗にしたつもりだ。
彼女が見たがっていた景色を美しいものにしてあげたくて。

僕はこの日も病院の窓を拭いている。

でも、いつもよりは少し晴れやかな気分だ。
彼女のいる病室は純白のシーツに換えられていた。

もちろん彼女はいない。

でも、僕は晴れやかだった。

「赤と黄色がとても綺麗ですね。」

窓の隙間に入った小さな手紙。
紅葉も少し落ち着き季節は冬支度を始める。
僕はホカホカの気持ちで今日も彼女がいた病室の窓をピカピカに拭きあげる。


おしまい



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