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不思議な友達

「だから、ショートスリーパーとロングスリーパーって人生の時間の使い方がまったく異なるわけだろ。それなのに平等の世界ってなんなんだよ。そういうのも考慮した上で平等を謳ってほしいね」

「…先生、最後に寝たのいつですか」

「…二日前かな」

「一言もその話してないのに、『だから』って話し始めるのやめてくださいよ。それにちゃんと寝てないから不毛なこと考えちゃうんですよ。寝れないならまた添い寝しましょうか。」手元にある雑誌から目を離すことなく、淡々と諭される。

「考え事してたら朝になってて、を二日繰り返しちゃって」

「また体壊しますよ。ちゃんと寝てください」視線は手元のまま、呆れたように言う。


僕は先生と呼ばれている。でも何の先生でもない。堅苦しく生真面目な性格と一心同体である眼鏡から、先生と呼ばれるようになった。んだと思う。

でも、僕のことをこう呼ぶのは目の前にいるこの人だけ。いつのまにかふらっと入ってきて、ぬるっと馴染んだ不思議な人だ。

「眠いところ申し訳ないですけど、もうお盆も終盤ですよ。」読んでいた雑誌を閉じて僕を見る。

「もうね。学生みたいに1ヶ月半休みたいよ。お盆だけって本当に短いよね。学生卒業して2年目なんだからもうちょっとおまけで休み延ばしてくれるとかさぁ…」

「明日は何して遊びましょうかね」

「遊ぶっていったって、遊び尽くしたでしょう」

「いや、まだできてなかったことがたくさんあると思う」


この不思議な人、おそらく僕よりも年齢が上だ。出会ったときに聞かなかったからその後も触れずにいるんだけど、たぶん年上。なのに僕のことを先生と呼ぶ。外見でニックネームを決めるタイプなのは確かだ。

弟がいるって言っていた。髪がふわっとしていて長めなのも大人の色気を醸し出す理由のひとつかな。それに、一緒にいてすごく安心するんだ。だからたぶん年上。

「まぁでも、先生が寝れていないなら今日はお開きにしましょう。明後日には東京に戻るんでしょう。明日は悔いなく遊ぶ。だから今日は、ちゃんと寝てくださいね」

そうだ、お盆休みだから地元に帰ってきたけど遊べるのは明日まで。今日はさすがにちゃんと寝なければ。

「ありがとう。ちゃんと寝るように頑張るよ」

「頑張ろうとするとかえって寝れなくなりますよ。横になって目をつむるだけで80%は回復するって説もあるようですから、あまり意識しないようにしてください」

そう言って僕を見送ってくれた。



家に帰ると、母が晩ごはんの準備をしていた。今日はカレーだって。今はまだ煮込む前のようだ。

「あんた今日も外で遊んでたの?友達なら家に連れてくればいいじゃない。外暑いでしょ」とにんじんを切りながら僕に言う。

「学校の友達じゃないからなぁ」

「学校の友達じゃない、ってこんな田舎で顔見知りじゃない人がいたの?旅行で来た人?」

眠気が一気に覚めた。確かにそうだ。

あんなに親しげだけど、いつ出会ったんだっけ。体を壊したこと、話したことあったっけ。僕はいつ添い寝をしてもらったんだっけ。不思議な人の名前はなんだっけ。

何一つ思い出せない。


「どうしたの?」

母の言葉で我に返る。

「なんでもない。ちょっと寝てなくてボーッとしてた」

「まぁあんたも大人になったし、楽しそうにしてるなら誰と遊んでてもいいんだけど。去年は『今忙しいし、こんなんで帰ってもかいちゃんにちゃんと向き合えない』って言って帰ってこなかったし。」

目の前にある写真立てには、かいちゃんと僕が映っていた。小学生のときかな、僕もかいちゃんもだいぶ幼いや。

「この町に引っ越してきたばっかりで友達ができなくて、かいちゃんとばっかり遊んでたよね。」

そうそう。引っ込み思案で自分から声をかけられなくて、話しかけてくれたときもうまく返せなくて。唯一話せるのは生まれてからずっと一緒にいるかいちゃんだけだった。

「苦手な野菜とかすーぐかいちゃんにあげて、お父さんに怒られてたわよね」

うわぁ、懐かしすぎる。かいちゃんは本当に優しいお兄ちゃんだったよな。

「あ、もう一個思い出したわ」と母が呟く。


母が話す、僕とかいちゃんの思い出。

思わず手元の写真を見返す。






「おはよう先生。昨日は眠れましたか」

「寝れ…てはないけど、教えてもらったとおり横になって目はつむった」

「そうですか。体力は回復できましたか」

「ねえ、かいちゃん」声が震えた。

目の前のその人はちょっと驚いて、視線を外して照れくさそうに笑った。

「先生は鈍感だからなぁ。気づかずお盆が終わるかと思ってたけど。」

優しく笑う様子は、僕に寄り添ってくれていたかいちゃんそのものだった。

「すっかり忘れてたんだ。『僕のことを先生って呼んで』って言ったの、僕だったね」

「その日から先生って呼んでたよ。音として聞こえることはなかったから気づかなかっただろうけど。」

どこで調達したのか、かいちゃんはシャボン玉を持っていた。器用に吹いてシャボン玉を空に飛ばしていく。


「最後に会いに来なくて、本当にごめん」

やっぱり声が震えた。

かいちゃんは一瞬僕を見て、またシャボン玉を吹き始めた。

「去年のGWに帰ってきたとき、無言で僕に抱きついてワンワン泣いて。ひとしきり泣いたらそのまま寝て。でも起きたらすっきりした顔で『やっぱり転職する!』って宣言して、すぐ東京に戻ったよね。」

「先生が東京に戻って少し経ってから、僕体調崩しちゃってさ。超高齢だったからいつお迎えが来てもおかしくなかったんだけどね。お母さんが先生に心配かけないように、って連絡しないでおいてくれて。結局回復できなくてそのまま死んじゃった。」

「その後お母さんが連絡したみたいだけど、新しい仕事に打ち込み始めたところだったし、そもそも休めなかったでしょ」

僕はなにも言えず、下を向くしかなかった。

「僕はね、物事に一生懸命取り組む先生が大好きなんだよ。だからいいの。謝らなくて。」

大きいシャボン玉がぷかぷかと空に浮かぶ。

「かいちゃん、僕ね」

「自分では気づけなかったけどすごく無理してたみたいで。でもいつもどおりのかいちゃんの顔見たら涙が止まらなかった。寄り添ってくれるかいちゃんの温かさに勇気をもらえて、このままじゃいけないって思えて全力を出せたんだ。」

かいちゃんは僕の顔を見て、にっこり笑った。

「今の会社、とても合ってるみたいだね。去年の顔と全然違う。」

「うん。まだまだ慣れなくて怒られることも多いけど、ちゃんと最後まで教えてくれる優しい人たちばっかりなんだ。」

よかった、って小さく呟くかいちゃん。

「笑ってる先生が一番。僕の弟にはずっと幸せでいてもらわなくちゃね」

ねぇかいちゃん。涙って、どうやって止めるんだっけ。


「さぁ、今日は遊び尽くすよ。それにしてもシャボン玉って楽しいね。いつも追いかけてばっかだったな」

「夜に花火しよう。飽きるくらいやろう」

「いいねぇ。バケツに穴開けたビニール袋被せてから水入れておくと、終わった後の花火入れてもバケツは汚れずに済むんだってよ」

「どこで得るのそういう豆知識」

「昨日読んだ雑誌に書いてあった」

「僕より先生っぽいじゃん」

「僕は生徒でありながら、ずっと君のお兄ちゃんだからね」





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