<ドラエモンのポケット>が使えない のび太くん


「ママの引き出しは、ドラエモンのポケットだね。
明日、学校で使うものが、すぐ出てくるんだもの。」
娘が小学生だった頃、私に言いました。

自分が小学校の教師なので、学校で次に必要になりそうなものが分かっていて、買っておいたり残しておいたりして、引き出しいっぱいに用意してありました。
だから、「これほしい」と言われたもののほとんどが、即座に出てきました。
当時は、「お母さん、すごい!」と、子どもに言われることが単純に嬉しかったのです。

子どものためだと思って私がしていたことが、子どもの自主性を育てるのを妨げていたのだと気づいたのは、子どもが大きくなってからでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ある日の夜 Bくんの家のリビングルーム

「空き箱がいるんだって。明日、図工で使うの。」
と、子どもが突然言い出して、
「え~ もっとはやく言ってよ。そんなの今ないわよ。」
という状況。
<小学生の家庭あるある>ですよね。

「来週までに用意しておいてね。」と、担任の先生が言っていたこと、連絡帳に書いてあったことを、Bくんが伝えるのを忘れていたのです。

「準備していただくものについては、学年通信で事前にお伝えしてはいますが、たくさんのことが書かれてあるので、すべてを覚えて準備しておくのはなかなか大変です。
だから、学校の学習で使うものは、子どもが自分で気をつけて、おうちの方にお願いすることが大切です。」
教師という立場での私はこんなふうに言ってました。

「もしも~し、言ってることと、してることが随分違いますよ」って?
ほんとに、そうです。
私、親という立ち位置では、反対のことをしてしまっていたんですよね。

うちには、ほしいものがすぐに出てくるドラエモンポケットがあったため、娘は全く困ることがありませんでした。
ですから、<自分で気をつけて準備する>ということの大切さに気付きもしていませんでした。


さて、この後、どうなったと思いますか?

その通り!
娘が中学校に進むと、もうドラエモンのポケットは役立たずになってしまいました。
私は、小学校の教師だから、中学校で必要なものはわからないからです。

ドラエモンのポケットが使えなくなったのび太くん。
どうなるかわかりますよね。(笑)



親というものは、子どもの困る顔、ましてや泣き顔は見たくないものです。
だから、困る前に手を差し伸べたい。

けれども、先ほどの例のように、いつまでもそれを続けることはできないし、もしできたとしても、失敗する前に手を差し出すことは、子どものためになるどころか、<自分が必要なものは自分で事前に準備しておく>という基本的な生活習慣の形成を遅らせてしまう結果になってしまうのです。

(私、親として未熟でしたね。他にもいろいろやらかしてました。 笑)
(親って ほんとにむずかしいです。 )


子どもは失敗して育っていく。
困って。
立ち止まって。
泣いて。
それでも自分で解決して。
そして、進んで行く。

親は、それを見守るしかないですよね。
私たちにできることは、
子どもが、助けを求めたときにはじめて、やれる範囲で助けるだけです。


うちにあるドラエモンのポケットには、まだ何か残ったままです。
この機会に、思い切って断捨離しようっと。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?