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10代の探究者のためのマイクロスクール「ラーンネット・エッジ」の1日に密着取材

「ひたすら取り組みたい好きなことがある」

そんな10代の探究者のためにつくられたマイクロスクールが神戸市灘区にある。

JR摩耶駅から住宅街を歩き、にぎやかな水道筋商店街を抜けるとレンガ造りの建物が見えてきます。ここまで徒歩15分。通りに面した一角の1階と2階が、今回ご紹介する「ラーンネット・エッジ」。ラーンネット・グローバルスクールの中学部として2019年4月に開校し、今年で4年目を迎えます。小学5年生から中学3年生までのスクール生10名が、公立学校に籍を置きながら、ラーンネット・エッジに通っています。

子どもたちにとって居心地の良い空間が広がり、自分のペースで学ぶ環境が整えられている。一見すると、他のオルタナティブスクールと何ら変わりありません。ですが、ラーンネット・エッジの日常をじっくりと観察すると、日本にはまだ同じようなスクールがないことに気づきます。

ここは、不登校の子の居場所としてのスクールではなく、この時代を生き抜くことを目的につくられたスクールでもない。探究したいことがある子どものためにつくられたスクールなのです。前回に引き続き、今回はスクールでの1日と子どもたちの様子を紹介します。

朝は基礎学習。その後は、自分や他者、社会とつながる授業

朝8時45分から9時半まではそれぞれが自分の学習に取り組む「マイスタディ」の時間です。入学条件の1つに「自分で学習進度を管理できること」が含まれており、子どもたちは自分で教材を選び、それぞれが学習を進めます。近くにはナビゲータがいるので、困ったときはもちろんサポートしてくれます。通勤ラッシュを避けるため、自宅で学習する子どももいます。

9:30頃になるとほとんど全員が登校し、講師の方も来られます。この日最初の授業である「Connect」を担当するのは、普段はファシリテーションの専門家として子どもたちの学び場づくりをしている一般社団法人根っこわーくすの穐久宗徳(あきひさむねのり)さん。

授業が始まると、ナビゲータ2人も入って2グループに分かれ、隣り同士で手を繋いで座ります。ちょっとしたゲームが始まりました。穐久さんが振ったサイコロの目が奇数のときは何もせず、偶数のときはそれぞれのグループの端に座っている人が隣の人の手をギュッと握って合図を送ります。

最後の人は、合図をキャッチしたらすぐに真ん中にあるハートのクッションを取ります。どちらのグループが早くクッションを取れるかを競うゲームです。穐久さんがサイコロを振る度に笑い声が。終始和やかな雰囲気で進んでいきます。

このゲームでの役割は3種類。サイコロの目を見て最初に手を握る人(リーダー)、最後にクッションを取る人(プレイヤー)、そして間に座っている人(フォロワー)です。ゲームを終えたあと、穐久さんは子どもたちにこう問いかけます。

「3つの役割の中で、一番プレッシャーを感じたのはどれだった?」

続けて、こう問いかけます。

「それはなぜ?」

「真ん中の役がプレッシャーを感じる」と答えた子は、その理由を「手を握られてないのに、間違えて次の人の手を握ってしまったから。それで、プレッシャーを感じた」と説明します。他の子どもたちは、その言葉にじっくりと耳を傾けます。

このゲームには、どのようなねらいがあるのでしょうか。重要なのは、ゲームの勝ち負けではありません。「自分や他者と繋がることを大切にしていた」と穐久さんは言います。

「体験を通して、自分自身がどう感じたのかに意識を向けてほしいと思っています。例えば、一言で『楽しかった』と言っても、何が楽しかったのか周りの人はわからないし、本人もわかっていないかもしれない。『なぜ?』と問われることで、『ドキドキしたから』『できたときに嬉しかったから』など、言語化しようとします。普段は通り過ぎていくような自分の気持ちや感覚にまず目を向けてみる、見つめてみる。そういう時間の積み重ねが自己理解に繋がると思っています」(穐久さん)

「自分と繋がる」とは?体験を通して、自分の価値観に意識を向ける

授業の後半は、外へ出て近くの川へ向かいます。「自分がやってみたいと思ったことを、やってみて」。穐久さんはそう子どもたちに伝えます。率先して川に入り、石から石へと飛び移れるかを試す穐久さん。最初は眺めているだけだった子どもたちも、穐久さんに続いて1人2人と石を飛び越えて川を渡ります。

中には、遠くからその様子を見ている子や木の実を取る子、石垣を登る子も。それぞれが自分の関心の向くままに動きます。ナビゲータも、子どもと川渡りに挑戦したり、子どもが発見したものを見て笑顔を見せたりと、見守りながらその場に一緒にいます。

校舎に戻ると、穐久さんは子どもたちにこう問いかけます。

「どんなときに楽しいと感じた?心に残っていることは何?」

子どもたちは、それぞれが感じたことを伝え合います。穐久さんは子どもたちの答えを聞いて、「なぜ?」とさらに深堀っていきます。

「繋ぐ」という意味を持つ「Connect」。そもそも、この授業にはどのようなねらいがあるのでしょうか。

「簡単に言うと、自分や他者、社会と繋がることを学ぶ授業です。“人との繋がり方”を教える授業ではありません。正解がないことが前提で、『自分と繋がるとは、どういうことだろう?』『どんなことがあると、人と繋がっている感じがするだろう?』などの問いを深めていきます。いろんな体験を通して、自分にとっての“Connect”の価値観を育んでいくんです。それが、探究活動にも繋がっていくと思っています」(穐久さん)

午後は探究活動。自分の好きなことに、とことん取り組む

13時半から15時までの90分間は、「マジ探究」の時間です。

「マジ探究」は、それぞれが自由にテーマを決めて、ひたすらそれに取り組む時間。ビジネスプランを考えて起業に向けて準備を進める子や自作の動画をYouTubeにあげたり、アニメーションの制作やイラストを描く子などさまざまです。どこでどのように探究活動に取り組むかも個人に委ねられています。そのため、この時間になると帰宅する子も入れば、室内で作業を進める子、外出する子などさまざまです。

昼休みのにぎやかな時間が一変し、教室内はシーンと静まり返ります。それぞれが、自分の探究活動に没頭。まるでクリエイターが集まるコワーキングスペースのような雰囲気です。

「将来は、動物写真家になりたい」と言うAくんは、「マジ探究」の時間になると川沿いの公園に出かけます。ゆっくりと歩きながら、1時間ほどかけてスズメを撮影。

その後は、スクールに戻って画像を編集します。撮った写真の一部はブログにあげたり、フォトコンテストに出したりするそう。「スズメって、よく見ると季節によって表情が変わるんです。冬は寒いから、体を温めるために丸く太った感じになります」と、撮影の面白さを話してくれました。公立学校は「あまり合わなかった」と言うAくん。ラーンネット・エッジは、「毎日自分の好きなことに時間を使えるところが良い」と笑顔を見せます。

ナビゲータは、子どもたちに寄り添い、成長を見守る

「探究したいことがある」とは言え、取り組んでいる途中で行き詰まってしまったり、別のことに関心が向いてしまうことはないのでしょうか?ナビゲータの奥村さんは、子どもたちが探究する内容は「変わってもいい」と言います。

「探究したいテーマが変わる子もいますよ。一つのことをずっと続けている子もいますが、興味の対象が変化していくのも自然なことだと思います。大切なのは、その子が『やりたい!』と思うことに自分で納得がいくまで取り組む経験そのもの。安心して好きなことに没頭できる環境を用意することが、私たちの役割だと思っています。その上で、ひとつのことに取り組み続けて次の展開に向かっている子には少し難しいリクエストをすることもありますし、気持ちが離れているのに何となく続けている様子の子には『別のことをしてみてもいいんだよ』と声をかけることもあります」

週1回はナビゲータとの面談があり、子どもたちは現在取り組んでいる探究活動の進捗を伝えたり、進め方の相談をしたりします。ナビゲータは、子どもたちにとって一体どのような存在なのでしょうか。

子どもたちからは、「先生というより、大人って感じ」「私たちのペースを尊重してくれる」「見守ったり、サポートしたりしてくれる」という声が。先生でも講師でもないナビゲータの存在が、子どもたちが安心して探究活動に取り組める環境をつくっているのかもしれません。

取材を終えて

5日間に渡ってラーンネット・エッジの日常に触れる中で、印象的だったのは“余白の多さ”でした。

まずは、時間の余白。一つ一つの授業の時間が長めに設定されていましたし、多少時間が前後しても誰も気にする様子はありませんでした。「マジ探究」の時間ではなくても、それぞれが自分の好きなときに好きなことに没頭することを、誰も止めることはありません。多くの学校でよく目にする、急いだり、急かしたりする場面は、一度も目にしませんでした。

そして、カリキュラムの余白。教養やアート、数学や語学はカリキュラムに含まれているものの、テストや数値での評価はなく、「いつまでにこれを身に付けなければいけない」という決まりもありません。時間の余白に加え、カリキュラムにも余白があるので、子どもたちはじっくりと一つ一つの学びに向き合うことができる様子でした。

最後に、空間の余白。決して広い校舎ではありませんでしたが、10人という少ない人数で学ぶには十分な広さだと感じました。大きな窓がある部屋が、空間を広く見せてくれるのもこの校舎の魅力。外に出ればすぐに川と公園があり、校舎を越えて学ぶ場が広がっています。

「自分のペースで好きなことに取り組みつつも、友達とも交流したい」「完全に自由ではなく、ある程度のカリキュラムが用意されている方が学びやすい」そんな子には、向いているスクールと言えるかもしれません。

ラーンネット・エッジは、「ひたすら」と「ひたす」の2つのポリシーを土台としてつくっています。

カリキュラム・ポリシー

・「ひたすら」やる
・自分を「ひたす」
・「ひたし合う」

これらのポリシーを大切にしているからこそ、多くの余白が生まれたのだと思います。ここでふと思い出すのは、「学校」を意味する「School」の語源。実はギリシャ語で、「余暇」を意味します。「暇な時間」ではなく、「学問や芸術に専念し、幸福を実現するための自由で満ち足りた時間」という意味だそうです。まさにラーンネット・エッジは、「学校」の本来のあり方に立ち返ってつくられたような場所ではないでしょうか。

※参考:前回記事



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