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バランス・オブ・パワーとは?

国際関係学のリアリズムの観点では「バランス・オブ・パワー」という言葉が核になります。バランス・オブ・パワーとは「勢力均衡」とも言いますが、広辞苑は次のように定義しています。

勢力が互いにつりあっている状況。諸国家間相互に敵対・友好の複雑な関係を結んで牽制し合うことによって国際平和を保持しようとする国際政治の原理。

バランス・オブ・パワーの3つ意味

「バランス・オブ・パワー」という言葉には3つの意味があります。

・理論

国際関係学では「バランス・オブ・パワー・セオリー(勢力均衡論)」という理論があります。代表的な理論家はモーゲンソーです。モーゲンソーいわく、国家は「意図的」に勢力均衡政策を取らなくても、「必然的」に力を均衡させようとします。

・政策

いわゆる勢力均衡政策も「バランス・オブ・パワー」という言葉を使用します。後述しますが、特にイギリス外交に見られる特徴です。ウィンストン・チャーチル首相は反共主義者でソ連のスターリンを嫌っていましたが、第二次世界大戦時ではナチスドイツに対抗するためにソ連と手を組みました。この時チャーチルは「もしヒトラーが地獄に侵攻したら、下院の答弁で、私は悪魔のことを少なとも好意をもって言及するだろう」と述べています。

・パワーの分布状況

パワーの分布を説明する時にも「バランス・オブ・パワー」という言葉を使います。例えば、「現在の東アジアのバランス・オブ・パワーは、米国をハブとして日韓がおり、それに対し中国、ロシアという二つの大国がある中、核兵器を保持する北朝鮮が存在する」といったような説明をする際に使います。

理論としてのバランス・オブ・パワー

以前紹介したモーゲンソーの「国際政治」でもバランス・オブ・パワーについて少し触れました。

モーゲンソーは「バランス・オブ・パワー」を自然科学的に説明しています。下記でモーゲンソーは「機械学」と言っていますが、自然科学という意味です。

「多数の国家のうちのどれか一国が、他国の独立を脅かすほど強くならないようにするために、多数国間でバランスを保つという着想は、機械学の分野から得られた暗示である。それは、16世紀、17世紀に特有の思考様式である。しかもこの思想様式は社会および全宇宙を、神聖な時計師によって作られ動かされている巨大なメカニズムないし、機械装置、あるいはぜんまい仕掛けとして描こうとした。」

つまり、国家は自然科学的な原理に従い、必然的に力の均衡を保とうとします。なぜなら国家の最終目標は「生存」であり、アナーキー(無政府状態)の国際社会の中では、常に強大な国が出現することを避けようとする傾向があるからです。したがって、バランス・オブ・パワーの理論に従えば、二つの対立する二つの同盟があるとして、第三の国家は弱い方の同盟につき、力の均衡を保とうとします。この事をジョセフ・ナイは次のように述べています。

「バランス・オブ・パワーの政策は、負け犬(アンダードッグ)を助ける政策である。勝ち犬(トップドッグ)を助ければ、最終的に勝ち犬は、向き直ってこちらを食おうとするかもしれないからである。」

・バランス・オブ・パワー理論の弱点

しかし、これはあくまで理論であり、現実に即した時に必ずしも正しくはありません。なぜでしょうか。それは理論に弱点があるからです。理論の弱点とは「力の算定の難しさ」です。

バランス・オブ・パワー理論に従えば、国家は弱い陣営に味方しますが、両陣営の力を正しく算定することは困難です。例えば、第一次世界大戦でアメリカはイギリス・フランス・ソ連に味方すると決断しました。しかし、ドイツ・イタリアの方が相対的な力は弱く、理論上は正しい判断とは言えません。では、なぜアメリカはバランス・オブ・パワーに従わなかったのでしょうか。

当時、アメリカの政治家と世論は、ナチスドイツの破竹の勢いに脅威を感じていました。その結果、ドイツはヨーロッパの中で最も強大な国だと認識していたのです。経済力の側面でも軍事力の側面でも正しい認識ではありませんでしたが、主観的な要因がパワーの算定を狂わせたのでした。これを「脅威の近接性」と言います。

実際に現在でも「脅威の近接性」の問題はあります。例えば、現在の米国と中国を比較すると、まだ圧倒的に米国の方が強国です。したがって、バランス・オブ・パワー理論に従えば、日本は中国側に味方する方が賢明な判断です。しかし、日本は米国を選んでいます。「同盟関係」や「価値観」といった要素を排除したとしても、おそらく日本は米国を選んでいたでしょう。これは、日本にとって地理的に近い中国の方が脅威に感じることが理由です。

政策としてのバランス・オブ・パワー

バランス・オブ・パワー政策はイギリス外交に最もよく見られます。ヨーロッパで強大な国が出現する度に、イギリスは他国と同盟を組んで、ヨーロッパの一国支配を阻止してきました。

・18世紀

フランスで「朕は国家なり」という言葉で有名なブルボン朝の太陽王ルイ14世が力を持った際、イギリスは対フランス同盟を組織してフランスと戦いました。

・19世紀

ナポレオンがヨーロッパで強大な力を有した時も、当時のイギリスの首相だったウィリアム・ピットがオーストリア、プロセイン、ロシアを説得し共同でナポレオンに対抗し、ヨーロッパが一カ国で支配される状況を打破しました。

・20世紀

第一次世界大戦ではヴィルヘルム二世のドイツ帝国に対抗するためフランス側につき、第二次世界大戦ではナチスドイツにに対しソ連や米国と同盟を組みました。

イギリスはヨーロッパに強大な国家ができる度に介入し、ヨーロッパが一国で支配される状況を打破してきました。そのイギリスの巧みな外交術は同じ島国の日本にとっても重要な示唆を与えています。

現在のバランス・オブ・パワー

次にパワーの分布状況としての「バランス・オブ・パワー」について見ていきましょう。

・国家数の減少

まず、過去と違い、現代の「バランス・オブ・パワー」は比較的単純です。なぜでしょうか。それは国家の数の違いです。例えば、日本も戦国時代は下記の地図のように70カ国(令制国)以上に分かれていました。同時代、ドイツは900以上の国家に分かれていました。ウェストファリア条約後でさえ355カ国です。当然、国の数が多ければバランス・オブ・パワーも複雑です。しかし現在では、日本が承認している国の数は全世界で196カ国しかありません。

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大国の減少

また、世界秩序に影響を与える大国の数も減りました。例えば、第二次世界大戦前の大国は、イギリス、ドイツ、ロシア(ソ連)、日本、アメリカの5カ国でした。しかし、第二次世界大戦後はロシアとアメリカという二つの超大国が世界のバランス・オブ・パワーを担い、そして冷戦後はアメリカの一強が続いています。

つまり、現代のバランス・オブ・パワーは過去と比較すると単純化しつつあります。しかし、それはあくまで世界的規模で考えると単純化しているだけであり、各地域別に見るとバランス・オブ・パワーは依然として複雑です。次は各地域別のバランス・オブ・パワーについて長くなるので、次に投稿します。

バランス・オブ・パワーをどう捉えるか?

「バランス・オブ・パワー」は国際関係学のリアリズムでは核となる概念です。しかし、一方で歴史的には何度も否定されてきた概念です。特に米国はバランス・オブ・パワーを嫌悪してきました。ウィルソン大統領はバランス・オブ・パワーが第一次世界大戦の原因だったと考えており、1917年に国際連盟の創設を提言する演説の中で下記のように述べています。

「バランス・オブ・パワーではなく、コミュニティ・オブ・パワーをつくらねばなりません。組織化された対立構造ではなく、組織化された共有される平和がなければならないのです。私は、これ以降すべての諸国が、パワーを求めて争い合い、陰謀と利己的な対立の網の目の中に捕まって、そこから自らの問題について影響力を行使することを妨げられるような、そのような同盟に組み込まれるのを避けることを提案します。」

ウィルソン大統領はバランス・オブ・パワーを明確に否定し、新たな平和的秩序の構築を試みました。たしかに、「バランス・オブ・パワーは平和を保ってきたのか?」という質問は重要な問いです。バランス・オブ・パワーという概念が比較的早くあったヨーロッパでも戦争は続いていました。

しかし、この問いについて考えなければならないのは、「バランス・オブ・パワーが戦争の原因になったのか」それとも「バランスが崩れたことが戦争の原因になったのか」ということです。ウィルソン大統領は前者で捉えていますが、キッシンジャーなどの現実主義者は後者で捉えています。

バランス・オブ・パワーの意義

最後にバランス・オブ・パワーの意義とは何でしょうか。それは「多様性の担保」です。モーゲンソーは、バランス・オブ・パワーの目的を「システムを構成している諸要素の多様性を破壊せずに、システムの安定を維持することである」と定義しています。

例えば、イギリスがバランス・オブ・パワーを基礎とした外交をしなかったら、現在のヨーロッパはどうなっていたでしょうか。おそらく、フランス又はドイツがヨーロッパを統一し、一つの国になっていたでしょう。ヨーロッパが一つの国になっていたら、今のヨーロッパの素晴らしい多様性はなくなります。つまり、バランス・オブ・パワーはヨーロッパの多様性を担保してきたのです。この事を国際政治学者の高坂正堯は次のように述べています。

「ヒュームが勢力均衡原則によって得ようとしたものは、まったく明白である。それは平和ではなかった。彼が勢力均衡原則に求めたものは一者による他のすべてのものの支配、すなわち世界帝国が成立しえないという保証だった。そして、世界帝国を拒否し、多様性を好む考え方は、近代ヨーロッパのほとんどの人が持っていたものであった。」

また、同じく国際政治学者の細谷雄一はバランス・オブ・パワーと多様性の関係について次のように述べています。

「国際社会における多様性が維持されることと、勢力均衡が維持されることは、不可分の関係にあった。だからこそ、勢力均衡とは国際社会における多様性を守るための最後の手段であって、諸国の行動の自由やその独立を維持するために不可欠な基盤となっていたのだ。」

バランス・オブ・パワーは理論としても政策としても決して完璧なものでありません。しかし、現在の世界の多様性を担ってきたのがバランス・オブ・パワーであることは紛れもない現実だと言えるでしょう。次の投稿は理論から離れて、現在の国際問題について詳しく見ていきたいと思います。

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