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ゲストハウスは、ネットカフェの上位互換である

学生時代、ネットカフェが好きだった。

1人で個室にいるのに、近くに他人がいる感覚が心地よいからだ。

1人でいるのに、1人ではない。
一緒にいるのは、友達でも、家族でもない。
顔見知りの知人でもない。

多くの場合、彼らはおじさんである。
でも別に、おじさんだから心地よいわけではない。むしろ、おじさんの存在はある種の緊張感を走らせる。

そんな私が最終的に行き着いた場所は「ゲストハウス」だった。

ゲストハウスといえば、一つの部屋に複数の宿泊者が寝泊まりする、いわゆるドミトリー型宿泊施設である。
知らない人同士が同じ部屋に滞在するが、各々の寝床には目隠しのカーテンがついていて、プライバシーは守られる
空間の定義としては、ネットカフェと同じだ。

結論、私はゲストハウスが大好きだ。

実家ぐらしではあるが、全財産を一つのスーツケースに詰め込んで家を引き払い、いろんなゲストハウスに滞在して生活してもいいくらい好きだ

私のnote書き初めは、こんなゲストハウス大好き人間になるまでの変遷を語っていこうと思う。

トイレが好きだった小中学生時代

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浮いていたわけではない。目立っていたわけでもない。
それに、いじめられていたわけでもない。

休憩時間は友達と趣味の話をして絵を描いてダラダラ過ごす。そんな普通の生徒だったと思う。

小学校や中学校では、学年ごとにトイレの場所がなんとなく決まっていた。
1年生は1階のトイレ、2年生は2階のトイレ。

同級生たちは、決まった場所のトイレを使っていたのだが、私は他の学年のトイレを普通に使うタイプの人間だった。

「2年生のトイレは使わないんだよ」と言われても、「なんで?」としか思わなかった。

言うまでもないが、女子トイレは全て個室だ。
それに、入ってしまえば、誰が用を足そうと勝手である。

トイレに学年は関係ないトイレはトイレだ。

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入った瞬間、個室の外からは、中に誰が入っているのかを認識できない。こちらからも、ドアの外に誰がいるのかを認識できない

事実はこうだ。

個室に入っている。
誰か隣の個室で用を足している。
また別の誰か順番待ちをしている。

そこにいるのはクラスの友達かもしれないし、上級生かもしれないし、先生かもしれない。でも、互いに誰なのかはわからない

その空間内に、個室のドア1枚を挟んで存在する人間は、全て他人なのだ。

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人は常に仮面を被っていて、付き合う相手ごとに仮面を取り替える。それが社会である。
でもそれだとあまりにも精神的コストが高すぎると感じていたのかもしれない。

それを、トイレは間仕切りひとつで仮面を外し、「本当の自分」にさせてくれる。学校のトイレの個室の中で私が何をしようと、社会の誰にも影響を与えないのだ。

別に何か悪いことをしようと考えたことはないが、今この瞬間は「本当の自分」であるという事実がその空間にあることに安堵した。

そしてまた、トイレから出て教室に戻り、元の社会生活を送り始めるのであった。

​新たな空間を見つけた高校時代

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私はずっと、トイレに代わる空間を探していた。
理由は単純で、環境が劣悪だからだ。夏は暑いし、冬は寒い。なにより臭い。

中学生の時、マンガやパソコンが使える「ネットカフェ」という施設の存在を知った。検索したら、地元にも1軒だけあることがわかった。

その時、私はこう思ったのだった。

『ネットカフェはオタクやおじさんが行くイメージが強いし、まず若い女性の利用者は少ないだろう。つまり、見た目を気にするような俗世の人間は利用しない可能性が高く、誰がどう利用したとしても他の人が気にするような場所ではないな。』

高校生になった私は、入学2日目にしてさっそく、学生証を持ってネットカフェへ向かった。

普通のビルの2階にある、比較的狭いネットカフェだった。

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会員証を作って、初めてフラット席に入る。
黒くてサラサラした感じの座りにくい床、大きなスクリーンにネチャネチャした感触のキーボード。

別にマンガが読みたくて来たわけでも、アニメを見たくて来たわけでもない。

ただ私は「ネットカフェに来たかった」
それだけだった。

3時間パック1000円。
何をするわけでもなく、パソコンでアニメを見たり、スマホをつついたりする。

やっていることは、家と何ら変わりはない
非日常の中で日常を過ごしていたのだった。
時間が来てネットカフェから出た私は、謎の安心感と満足感に満たされた。

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淡々と初体験を終えた私は、別の日に市街地にある大きなネットカフェへと繰り出した。

初めて訪れるネットカフェも、それぞれ違った施設や独自のサービスがある。
シャワーがあり、タオルやシャンプー一式が無料貸し出しだったり、有料だったり。女性トイレにスキンケア用品やコテが置いてあるところや、歯ブラシがもらえるところもあった。

住める。

私はそう確信した。

実家とは異なる謎の心地よさは、どの店舗に行っても同じだった

ネットカフェが遠征拠点だった大学時代

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大学生になった私は、たびたび大阪方面に遠征するようになった。

好きな舞台を見て、推しのファンミーティングに参加するために、夜行バスで地方から大阪に向かった。

出発は夜遅く、到着はどの店も開いてない早朝
そこでできたルーティンは、こんな感じだった。

バスの出発前地元のネットカフェに入ってシャワーを浴び、ダル着に着替えて出発時刻まで時間をつぶす。

大阪に到着したら、最寄りのネットカフェに入ってまたシャワーを浴びる。そして化粧をし、勝負服に着替える。
舞台の時間まで時間をつぶして、出発。

終演後ネットカフェに再び戻る。化粧を落としてシャワーを浴び、ダル着に着替えてカップ麺を食べる。歯磨きをして、帰りのバスまで時間をつぶす。

もはや、ネットカフェが遠征の拠点だった。
お金を払って数時間だけ個室を借り、荷物を置いてシャワーを浴び、身支度をする。
2千円出してお釣りが帰ってくるのだ。
大学生にとって、それが可能な場所は他にあるだろうか。

ゲストハウス生活を始めた社会人1年目

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私が大学を卒業したとき、コロナ禍の真っ只中だった。
舞台は軒並み公演中止となり、楽しみにしていた遠征も取りやめが続き、ネットカフェを利用する回数は激減した。

一方で社会人となった私は、フリーランスになった。

ベンチャー企業の社長と知り合ったことがきっかけで、専門知識を学ばせてもらうために、とりあえず1ヶ月だけ東京のオフィスに出勤してみることになったのだった。

1ヶ月東京に住むとなると、滞在先を決めなければならない。
マンスリーマンションか、シェアハウスか、ホテルか…
頼れる知人がいるわけでもなく、完全に身寄りのない状態での上京。

Booking.comで宿を探していたところ、インバウンド向けの「ゲストハウス」が値崩れを起こしていることに気がついたのだ。
コロナ禍で、外国人観光客はほぼゼロの日本。
以前なら一泊3000~5000円くらいはしていたであろう宿が、一泊1000~2000円になっていた。

ゲストハウスは、関西遠征時にも何度か利用したことがあった。
市街地のど真ん中にあって、清潔な施設。主な利用者は外国人(大阪では韓国人が多かった)で、スタッフも外国人の場合が多い。

場所によってはタオルも貸し出し無料だから、用意せずに済む。
最低限の荷物しか持って行きたくなかった私は、2泊3日用のスーツケースに服だけつっこんで東京へ向かった。

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上京して初めて泊まったゲストハウスは、下北沢にある「The Wardrobe Hotel Shibuya Shimokitazawa」(Googleマップでは現在閉業中)。
Booking.comで予約したとき、30泊で4万円弱だったと思う。

チェックインすると、施設の簡単な説明と、自分の寝床を案内された。
シャワールームが2つ、トイレが4つ、あとはキッチンのある共用スペース
女性の宿泊者は私一人で、女性専用ドミトリーは貸し切り状態だった。

オフィスは渋谷区だったため、通勤も楽。
最低限必要なのは宿泊費4万+交通費1万で、あとは知り合った人たちとの交際費や食費に充てられる。
東京暮らしをするにはかなり安かった。

ゲストハウス滞在者の「ミニマリズム」

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ゲストハウスに住み始めると、いろんなことがわかってきた。

私のような長期滞在者は一定数存在する
男性が多く、中でもフードデリバリーの配達員が目についた。
彼らはゲストハウスを拠点に生活しており、配達の注文が入ると出ていって、配達が終わると戻ってくる。

1泊1500円だとして、フードデリバリーで毎日元を稼ぎつつ、いろんな安宿を転々としているんだろう。確かに、生活するにはそれで十分かもしれない

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一般的な新社会人なら、一人暮らしを始めて、月の収入の半分くらいを家賃と光熱費に充てているイメージがある。
でも、本当にその家賃って必要なんだろうか。

ゲストハウスには共用の冷蔵庫があるし、キッチンもある。コインランドリーが設置されていることも多い。一通りの家事は施設内で完結できる。

人がワンルーム以上の部屋を借りる目的は、1にセキュリティ、2に物を置くため、3に寝るためだろう。

セキュリティが必要な理由は、物を置いておくと取られる危険性があるから。それならば、持たなければいいのだ。
また、ほとんどの場合、ゲストハウスの共用部分には監視カメラが設置されている。
異性からの身の危険は、女性/男性専用ドミトリーを利用すれば解決できるだろう。

結局のところ、「所有物」が人の居住先を決定する

ゲストハウスに居る人は、皆何も持っていなかった。彼らはスーツケースに入るだけの所有物しか持っておらず、パソコン一つ、またはデリバリー用のリュックと自転車だけで生活していた。

つまり、ゲストハウスに住む人は究極のミニマリストといえるのではないだろうか。

「他人」による同調圧力のライフスタイル

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その後、私はベンチャー企業を抜けて、都内にあるゲストハウスやカプセルホテルを転々とした

「東京に安く滞在できる」というだけの理由で始まったゲストハウス生活だったが、2ヶ月目にはすでに板についていた
(元々1ヶ月だけの予定だったが、都会が気に入ったため期間を延長した)

私はかなりの夜型人間で、すぐに昼夜逆転生活をしてしまう癖がある。
以前、誰にも監視されていない、ワンルームでの一人暮らしをしたとき、秒で昼夜逆転したあげく、数ヶ月でアルコール依存症になってしまった経験があった。

単身上京しての生活は、独りぼっちである。誰も注意してくれない。
だけど不思議なことに、ゲストハウスに滞在している間、私は基本的な生活サイクルを崩すことはなかった。

理由は明確である。

常に「他人」が同じ空間にいるからだ。
他人の前では自分は何者にもなれるが、迷惑をかけてはならない。

ドミトリーの空間内には一定のルールやマナーがあり、滞在するときにはその文化に従って生活する必要があるのだ。

明文化されたルールはこうだ。
ドミトリー内での飲食は禁止。
22時以降は消灯。
自分の荷物は自分で管理する。

でも、そこには確実に暗黙のルールも存在した
「周りに迷惑をかけない」
それだけだ。

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ドミトリーは、全ての物音が筒抜けになる
夜、誰かの咳払いで目が覚めることもよくある。
逆に言えば、自分の物音で誰かが目を覚ます可能性は十分にある。
そうなると、同室の「他人」と「ライフスタイルを合わせる」ほかないのだ。

午前に起きる。顔と服を整えて、ある日は丸一日コワーキングスペースで作業する。ある日は人に会ったり、会食に行く。夜は早めにシャワーして、静かにして寝る。

ワンルーム生活ならば一瞬で崩れる私の生活リズムは、一定の同調圧力が存在する空間によって、正常に保たれるのだった。

当たり前のように聞こえるが、私にとっては大発見だった。

こんな昼夜逆転ダメ人間でも、まともな生活が保てる場所がある。
それは日本全国にたくさん存在していて、元々低価格帯だが、コロナでさらに格安になっている。

親のいる実家ではない、第2の生活拠点を発見したような高揚感があった。
私はこのライフスタイルを「他人暮らし」と名付けた。

求めていたものは「均衡が保たれる場所」

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トイレ、ネットカフェ、ゲストハウス。

何の脈絡もない単語だが、その共通項はすでに明らかである。

一つの空間に複数人が存在するが、互いを特定の一個人として認識しない。
他者と一緒にいるのに、自分ひとりしかいない場所。

何も着飾らない、いわゆる「マインドフルネス」の状態を、小学生の自分はトイレに求めていたのかもしれない。

でも、誰かはわからないがそこに「他者」が存在することで、一定の規範が発生する。

トイレは綺麗に使わないといけないし、ネットカフェのブースにコーヒーをこぼしてはならない。深夜のドミトリー内で物音を立ててはならない。

この3つの場所では、自分と他者の存在と距離によってマインドフルネスの均衡が保たれる。最も心地よい体験をもたらしてくれる場所だ。

そんな私はこれから、新たなゲストハウスの開拓へと向かう。

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