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中国点描 #5 留学を終えて これからの中国との向き合い方

   ご無沙汰してます。糖葫芦です。相も変わらず不定期更新をしているこのブログですが、実は更新していない間の去る七月、無事に日本に帰国いたしました。
 その後、就活やら資格試験の勉強やらをしているうちに、いつの間にか10月に。留学から3ヶ月以上が経ってしまいました。
 留学が終わった以上、このブログも終わろうかな〜とは思ったのですが、実は下書きを書くだけ書いてまだ公開していない記事(旅行記とか)が何個かあるので、もう少し続けていくつもりであります。

 さて、今回は留学を終えて考えたことを書いていきたいと思います。題して「中国との向き合い方」。
 厳密に言えば、留学中も少しずつ考えていたことでもあるのですが、留学を終えた今、改めて整理して書いていこうと思います。


中国留学を決めた動機

 留学を終えての感想をお話しする前に、そもそも僕がなぜ中国に行こうと思ったのか、その動機をお話しします。
 留学というと、基本的には英語圏に留学される方が多いかと思います。
 そのなかで中国語圏、それも中国本土に行くという人は、中国の政治体制に対する不安はもちろん、コロナ禍により国境が封鎖された事もあり、今ではかなり少ないのではないでしょうか。
 実際、僕が周りに「中国に留学する」という話をしたところ、「なんでまた...」みたいな反応をされた事が少なからずあります。
 そんな中国に行くということは、よほど何か強い思いがあるのでは…と思われがちなのですが、実を言えば留学を決めた理由は割と短絡的なものでした。

 正直な話、留学前は現代の中華人民共和国という国自体に強い興味があったわけではありません。 中国語や中国文学が好きかと言われると別にそこまででもなく、中国の体制を賛美している、とかでもない。ルーツが中国にあるだとか、親族が中国にいるだとかいうわけでもないし、在住経験もありません。 地元に中華街があるだとか、祖先が満州に住んでいたとか、それっぽい背景もあるにはあるのですが、中国留学を志したきっかけにはほぼ関係ありません。

 じゃあなんで留学してまで中国に行く事になったんだよ、って話なんですが、その原点は小学生の時に出会った「三国志」にありました。

 三国志、世界史を学んだ方々は耳にしたことがあると思いますが、今からざっと2000年前、後漢末期から三国時代までの歴史書です。小説やゲームなどの原作として今なお親しまれています。

 小学生の時から私は歴史が好きで、最初は日本史にしか興味がなかったのですが、小学三年生の頃、三国志のドラマとアニメが放送された影響で三国志にも興味を持つようになりました。

アニメ版かつ日中合作の三国演義。
(画像引用:https://www.tv-tokyo.co.jp/anime/sangokuengi/)

 その後、なんだかんだでずっと三国志の関連書物を読んだり、展示を見に行ったりと興味を持ち続け、早稲田を志望したのも、文学部に三国志の専門家がいたことが理由の一つでした(最終的に学部は政治経済になりましたが…)。
 いつか中国に行って、三国志に登場する名所旧跡を訪ねたいという思いは小学生時代以来ずっと抱えており、大学に入ってから、それを留学という形で叶えよう、となったのが中国留学の一番の動機です。

 とはいえ、流石に「三国志が好きだから中国に行かせてくれ」と留学者選抜の際に提出する志望動機に書くわけにはいかず、そこには

  • 日本とは基本的価値観を異にする中国の政治体制に興味があるから

  • 中国の政治体制や、国際社会について中国の立場から学びたいから

みたいなことを書きました。
 むろんこれらの志望動機が嘘かと言えば全くそんなことはなく、大学で政治学や政治哲学を学んだことで、日本と異なる政治体制を持つ国として中国に興味を持っていたことは確かです。
 とはいえ、中国政治に対して本格的に興味を持ち始めたのは、渡航後、実際に授業を受けたり、現地生活のなかで体制の違いを実感してからのこと。

自分の中での一番の動機は、やはり小学生以来抱き続けた「三国志の遺跡に行きたい」という思いでした。

 このように、最初は「中華人民共和国」ではなく、「三国志」に対する興味ほぼ一点だけで留学を決めていたわけですが、やはり実際に渡航してみると愛着も興味も湧くもの。多くの良き友人に恵まれ、自身の成長も実感できた思い出の場所となりました。

 一方で、中国に対する思い入れが深くなると同時に、この国と、将来どのように接していく事が正解なのだろう、ということも度々考えるようになっていきました。

日本と中国との立場の違い

 中国という国を考える上で特に意識せざるを得ないのが、両国の置かれている立場が(少なくとも欧米先進国と比較して)異なる、という事。
 説明するまでもなく、日本と中国とは、いわゆる基本的価値観や国際社会上の立場が大きく異なる国同士です。
 国際関係は政治や安全保障などのハードパワーだけで規定されているわけではないものの、「政治的立場が異なる」という点は、中国と向き合う上で重くのしかかってくる問題になってしまいます。


 そのことを痛感させられたのが、22年のロシアによるウクライナ侵攻。これに対し、日本をはじめとする先進国は非難を加え、ロシアは(少なくとも先進国の間では)孤立の一途を辿ることとなりました。
 そして残念ながら、中国に対しても、近い将来同じことが起きる可能性があります。

台湾有事です。

 現時点で、どの程度リスクがあるかは私にはわかりません。
 しかし、仮に中国がロシアと同じく「武力による現状変更」に手を染め、国際社会からの孤立を深めた場合、どう受け止めるべきなのか、ということについては留学中からずっと考えています。

なればこそ留学

 ただ、逆に言えば、そうした国だからこそ、留学に行く意義があったとも思います。
 留学に行くとなると、多少なりともその国の政治動向について関心を持つようになります。特に私の場合なんかは日本でも政治学専攻ですし、中国でも中国政治や国際関係論を学んでいたので、政治についてはずっと関心を持って1年間を過ごしていました。

 そうすると、賛同したり納得したりすることまでは出来ないまでも、「ああ、どうせこんなふうにでも考えてるんだろ」みたいな、なんとなくだけど考え方が理解はできる(賛同するとは言ってない)くらいまでには解像度が上がります。解像度が上がる、はちょっと言い過ぎですが、少なくとも頭ごなしに否定したり、肯定したりということは無くなっていきます。
 人間、訳のわからないものには敵意や恐れを抱くものですが、なんとなく相手がどういう原理で動いているかがわかると、そう言った感情が生まれにくくなります。
 もちろん、たかが一年間学部教育を受けただけの人間ですから、正しいことは言えないだろうし、この程度で何か発信をして日中関係の改善に貢献しようだなんて烏滸がましいことは考えていません。が、自分の中で、中国の動向に対して納得のいく答えが見つかる、あるいは予測できるようになったのは、完全な自己満足ではあるものの、いいことだったなあと思います。

「今ある縁を大事にする」

 そのうえで、今後の中国への向き合い方ですが、とりあえずは「今ある縁を大事にする」という点に腐心しようと考えています。
 具体的に言えば、中国にいる友人と定期的に連絡を取る、中国に関する書籍や情報には目を通すなどなど、少なくとも世界がどうなろうと、自分は中国との関係を維持する、ということです。

 日中関係について、僕自身に今できることはほぼありません。第一僕じゃなくても、一個人がいわゆる「日中友好の架け橋」になれたら苦労はしません。
 僕が岸田総理の息子で、習近平国家主席の娘さんと友達とかいうなら話は変わってくるかも知れませんが、それでもそんな一個人の関係で国家間関係が揺さぶられるようなことがあってたまるかって話です。
 それでも、一民間人として中国と、中国人と、つながりを持ち続ける。これだけは続けていきたいと考えています。



 留学から帰ってきてからの三ヶ月だけでも、日中関係、そして国際社会にはいろいろなことがありました。
 未だ終わらぬウクライナ戦争、アルメニアとアゼルバイジャンの激突、イスラエルとハマースの衝突、そして、日本と中国も処理水の件で揉めました。
 繰り返しますが、どうしても政治的立場が(欧米など以上に)違う国であるという関係上、中国との付き合いはなかなかに難しいものがあります。
 とはいえ、ここは乗りかかった船、付かず離れず、中国との付き合いを続けていこうかな、と思います。

終わりに

 というわけで、留学を終えた今のお気持ちをざっと書いてみました、毎度のことながら読みづらくて申し訳ありません。
今後もいくつか記事を上げていこうと思いますので、よければお読みください。

  

 



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