400字の部屋 ♯1 「海外旅行 1」

 ごう、という音で目が覚めた。周りを見ると他の乗客達は先の音に驚いた様子も無く皆静かにしている。目を擦り窓から外を見るが灰色の雲に覆われていて何も見えない。ぶ厚い雲との衝突を物ともせずに鉄の塊は目的地に向かって猛スピードで飛んでいる。静寂と轟音のハーモニー。隣の席のDが唐突に言った。「楽しみだね」。エコノミークラスでは我が領空が適正に保全される筈も無く、喋るDの酒臭い息は安安と我が領空に侵入し鼻腔を刺激するがDに苦情を言える筈も無く、そうだね、楽しみだね、と相槌を打ちつつ防衛策で鼻からの吸気は極力カットするという努力を暫く続けるが、とうとう我慢出来ずDから顔を背けて窓の外の灰色の雲を見乍ら思いきり息を吸い込んだ時に又ごう、と音がして機内がグラリと揺れると我が身も左に揺れたが何故かDは右に揺れて愛しいDの唇が我が頰に触れた。シンガポールまで、あと6時間。まだまだ先は長い。領空を保つ術求む。

#小説 #エッセイ #400文字の世界 #ライティング #ショートショート #短編 #海外旅行 #外国 #動物

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?