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短編小説|美人すぎるmob屋

【1】

誰かの代わりに何かをやるのが仕事だ…と誰かに聞いた。

それを聞いてから少し仕事が嫌ではなくなった。

私じゃない誰かになれる気がした。

私は私じゃない何かになりたいのかもしれない…と支社長に怒られながら考えていた。

「僕が西園寺玲子さんの面接をして採用にしたからさ、僕が悪いとは思ってはいるんだよ」なんて支社長は言う。そんなことないです私が悪いです…と返す自分もこの空気も好きじゃない。

支社長は私より一回り上ぐらいだろうか。目上の人の一人称が僕なのがどうしても気になってしまう。

「うん、まぁでも行列系の仕事も無理だったら流石に厳しいと僕は思うんですよねぇ西園寺玲子さん」

なんで私のこといつもフルネームで呼ぶんだろう。

「すみません。出来るだけ目立たないようにラーメン屋さんの列に静かに並んでいたつもりなんですけれど」

「写真みたけどさぁ確かになんか目立ってるよねこれ。姿勢とかも綺麗だもん。骨格からモブじゃないんだよ西園寺玲子さんは」

骨格から否定された。

「ラーメンも指定通りの一番普通のにしました」

「言いたくないけどさぁ西園寺玲子さん、この仕事向いてないんじゃない?」

「続けたいですmob屋」

「でもラーメン屋の行列に並ぶ仕事を任せただけでネットニュースになっちゃったわけでしょ?」

「はい…」

知らねぇよ…。

「『美人すぎるラーメン屋の行列に並ぶ人』って何?」

私に聞かないで欲しい。

「私が書いたわけではないので…すみません」

「身長いくつ?」

「え…174です」

「mobにしてはやっぱり高いよ。スラッとしてるし。年齢は?」

「25歳です」

「一番良い」

なにが?と思わず返してしまいそうだった。

「前職なんだっけモデル?」

「…一応」

自分からモデルをしてましたと言うのはなんだかダサくて言いにくい。

「モデルをしとけば良かったのに。誰でも出来る仕事じゃないんだしさぁ。ウチなんてたいしてお給料良いわけでもないし。ウチはさ、お店とか企業になんの印象にも残らないmobを派遣してる会社なの。モブよモブ!脇役!街のエキストラを派遣する会社!綺麗な女の人なんてお呼びじゃないの」

「私…別にそんな」

また見た目。うんざりする。好きでこんな見た目じゃない。

「適材適所だよ。なんだっけルッキズム?とかでもないからね」

「はい…」

見た目の話は私から一つもしていないのにルッキズムなんて、言葉が出てしまったら私の見た目のせいでここで働けないのかなって、やっぱり思っちゃう。

「今回はなんとかなりそうだけど次、可愛いとか綺麗とかで目立ったらクビだからね。ちゃんとモブらしくして」

はい…と答えるのに数秒かかってしまった。

悔しい。

私はモブになりたい。

街に溶け込みたい。

どこにでもいるモブ。

どこにでもいていいモブ。

「明日の現場は渋谷ね。鈴木君知ってる?」

「すみません、知らないかもです」

「そう。明日は鈴木君と渋谷のスクランブル交差点にいるモブしてきて。これ区からの仕事ね」

「はい」

「流石にスクランブル交差点なら君でも大丈夫でしょ。あ、でも地味な感じで宜しくね」

ありがとうございますと伝えて事務所を出た。なんとかクビにならずに済んでホッとした。私は頑張ってここでモブになるんだ。

明日渋谷か…終わったら気になってるあのカフェで塩キャラメルナッツパンケーキ食べようかなぁなんて考えながら家路に着いた。

【2】

私の仕事はいわゆるmob屋。

街のエキストラ。

モブを派遣する会社で正社員として去年から働きだした。

ネット上にステルスマーケティングがあるように当然、街にもステルスマーケティングは存在する。

例えば、早朝から町医者の病院の前にお年寄りが列をなしているアレ。あのほとんどはmob屋。そもそも予約すれば並ばなくていいんだもの。あれは視覚的な広告、行列ができるほどの名医なのだ…思わせるための意図的につくられた行列。

それを知っているからmob屋で働く人は早朝に列が出来ている病院にはいかない。広告を出さないと人が来ない病院なんてヤブだもの。

mob屋は幾つもの会社がある。その殆どは広告代理店の子会社で昔からあるらしい。

『賑わっているラーメン屋の行列』『映画館や公演、スポーツ大会の動員数調整要員』『公園でピクニックをしている家族』『大都会』こんなの殆どmob屋が絡んでいる。

街中にあるポジティブなイメージはmob屋が一役買っている。私はそれはそんなに悪いことだとは思っていない。皆が楽しく過ごせるきっかけになると思うから。

タレントや企業というのはセルフイメージのため、ブランディングのため、商品を売るため、色んな理由で広告や情報を流す。街そのものにも当然イメージがある。

渋谷を歩く人の何割かは国や区、行政経由で雇われたmob屋だ。

渋谷は人気だから人が来るのではなく、人が来るから人気なんだろうな…そんなことを考えながらハチ公前広場で鈴木さんを待っていた。

鈴木さんは待ち合わせ時間の午前10時丁度に現れた。

身長165センチぐらい、中肉中背でジーパンにチェックシャツ。ボディーバック。キャップを被り表情なんてない、どこにでもいるアラサーという感じでまさにモブ。良くも悪くも何の印象にも残らないだろう。

私が挨拶をすると「おはようございます、西園寺さん。ん、マスク可愛いのしてますね。でも、えっとモブはそんなのつけないです」と言いながら鈴木さんは私に白い不織布のマスクを渡した。


【3】

その日、鈴木さんと私はハチ公前広場で落ち合ってからスクランブル交差点を何度も何度も渡った。

「初めてどんなもんですか?」と聞かれたので一年経たないぐらいですと答えると、あぁそんな感じですねと言われた。どの辺がそんな感じなんだろう教えて欲しい。

スクランブル交差点を駅からセンター街の方に渡りGUや無限大ホールの辺りまで歩き、スクランブル交差点の方に引き返す。

「僕さっきの劇場に何回か立った事あるんですよ」なんて鈴木さんが言うから芸人さんだったんですかと聞いたけれど、そういう感じでもないんですけどね…というこれ以上聞きにくい感じで話は終わってしまった。

mob屋は老若男女、色んな人が専業でやっていたり副業でしていたりする。詮索されたがらない人が多いから同じ現場になっても深くコミュニケーションをとる事は少ない。

まるで目的地があるように進む鈴木さんに私はついていく。

今度はセンター街側からJR渋谷駅側に渡り、高架下を通りヒカリエの方に進む。

大きな歩道橋のエレベーターに乗り込むと、鈴木さんがこちらに振り返り「モブはそんなに綺麗に歩けないです。少し背を丸めて、無表情に。それでいて不満は持っているけれど思想はなく、敵意も情熱もない感じのオーラ出せたら良いかもです」と教えてくれた。

エレベーターが開くと「なんでこの仕事始めたんですか」と鈴木さんが聞いてくれた。

私は昔から見た目が美人だとか言われるのがコンプレックスで嫌だったこと…。
皆とは違う存在…異質な何かとして奇異の目にさらされてきたと感じていたからモブに憧れて、この仕事を始めたと答えた。

「全然わかんないけどなんかカッコいいです」と鈴木さんは大型の歩道橋を下りながら答えた。

「あと誰も聞いてないかもだけど、少し濁して話しましょう」と言われた。確かにmob屋だとバレるのは良くない。また支社長に怒られる。

「なんで鈴木さんはやってるんですか?」と聞くと、少し黙ってから、ニッと笑いながら「すみません何一つ考えて選んでないかもです。なんとなく続けられたからやってるだけかなぁ」と言った。

お昼は二人で街中華に行くことになった。

こういう所初めてですと言うとこういう所のラーメンが逆に良いんですよと教えてくれた。何が逆なのかなと思いながら食べてみたら、確かに逆にアリだなって思える懐かしいラーメンだった。

普段はカフェとかでお昼を食べるというと休み時間からモブしとかないとモブ感出しにくくなりませんかと言われた。そんなところから努力してるんだなと思った。

私は休み時間は休み時間として休んでいた。そっか。支社長の言う通り。意識が足りなかったのかもしれない。

半チャーハンを食べながら「きっと西園寺さんもなれますよ…モブに」と言ってくれた鈴木さんが続けて「あ…モブはこんなカッコいい事言わないか…」と言うものだから「あ、いや別にカッコいいとは思いませんでしたよ」と伝えると笑ってくれた。

午後からは道玄坂の方に行ってまた戻り、今度は恵比寿の方に行ってまた戻り…そうやってスクランブル交差点を渡るモブを何度も何度もした。

17時になり定時。

LINEを交換したいと鈴木さんに言うと鈴木さんは初めてそんなこと言われたと驚いていた。確かに仕事が終わると、いつも皆そそくさと挨拶もせず現地解散してしまう。

ダメですかね?と言うと少し考えながら「どんなモブも綺麗な人の頼み断れないと思うんで…」とスマホを取り出してQRコードをだしてくれた。


【4】

あれから一年。

私は夢であるmob屋を諦めて、今はモデルに戻りランウェイを歩いている。

あの後も私はmob屋として目立ちすぎてしまい、何度もよくわからないトラブルに見舞われた。

結局mob屋をクビになり、生きるために頭を下げてモデルの事務所に戻った。事務所はあたたかく迎えてくれたけれど、やはりモブへの憧れは捨てきれなかった。

それがよかった。

『背を丸めて無表情にそれでいて不満は持っているけれど思想はなく、敵意も情熱もない感じのオーラを出しながらモブのように歩くモデル』として私はバズった。鈴木さんに教わったモブのような歩き方。

モデルである私に憧れるのはほかでもないモブの女の子達なのだ。モブな歩き方で彼女達の共感や信頼を得られた。

私は私の場所で私なりの憧れたモブをやる。それが私の仕事なのかもしれない。

私はモブに憧れたけれど憧れている時点でモブにはなれなかったんだと思う。

逆にモデルは昔から何も考えなくても誉められる仕事を出来た。

皮肉だけれど『やりたいこと』と『やれること』を混ぜてみたらモデルとしての居場所が見つかった。

私はモデルをするのが嫌だったわけでも、本当にモブになりたかったのでもなく自分に自信が持ててなかっただけだと鈴木さんに教えられた気がする。

鈴木さんにはモブとしての美意識や世界観があった。私のモブにはそんなものはなくて、モブという存在に憧れて同化したかっただけなんだと気がついた。

どこにいても自分だけの哲学を持てとスクランブル交差点と鈴木さんが教えてくれた。

出番が終わり楽屋に戻った。

出番前に鈴木さんに《お疲れ様です。私がモデルをさせて貰った大きな広告がスクランブル交差点の所に今度飾られます!一緒に観に行きませんか?》と送っていた。

鈴木さんにはmob屋を辞めてからも時々LINEをさせて貰っている。

その返信が来ていた。

《モブはモデルをしている女性とその人の広告を見るために渋谷にわざわざ行くことはないと思います。でも街にいるモブの一人としてスクランブル交差点の信号を待ちながら、見上げてその広告を見てみたいと思います》と鈴木さんから返信があった。

がっかりしちゃったけれど…勇気を出して返信した。

《え~…ハチ公前広場に集まって私の出てる広告を一緒に見てから、あの街中華で半チャーハンセット食べたいです。で私がよく行くカフェ連れてきます。プライベートでモブしましょ。あれ?どんなモブも綺麗な人の頼み断れないはずですよね?》と送ると《アナタは本当にモブじゃないです…わかりました》とすぐ返ってきた。