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アメリカの経済学Ph.D.の概要

こんにちは。アメリカで経済学 Ph.D. 留学中のたなぱんだです。

この記事では、アメリカの経済学 Ph.D. コースについて紹介しようと思います。以下では、私が所属するセントルイス・ワシントン大学(Washington University in St. Louis、以下 WashU)のケースを踏まえてご紹介しますが、細かな部分に関しては大学ごとに違いがあると思います。しかし、大まかな情報はアメリカの経済学 Ph.D. であれば殆ど同じと思うので、経済学で Ph.D. 留学を考えられている方に幅広く読んでもらいたいです。

なお、この記事の内容は個人ブログでも公開しています。

I. 入学前:Math Camp

アメリカの大学・大学院は通常8月最終週〜9月第1週に新年度が始まります。経済学のPh.D.に入学すると新年度の開始前に Math Camp と呼ばれる数学の集中講義を受けます。この Math Camp では、Ph.D. コースで必要になる数学(実解析学、集合・位相論、測度論など)や統計学の勉強をします。Math Camp で勉強する内容は、その後の Ph.D. 生活で不可欠な知識ばかりなので、この段階できちんと勉強しておく必要があります。

もっとも、Math Camp の成績がどの程度重要視されているかは、学校によってバラツキがあるようです。例えば、私が所属する WashU の場合は、Math Camp の成績に基づいた直接的なペナルティ(補講や落第など)はなく、きちんとやらなかった場合は「授業についていけない」という形で間接的に困るだけです。宿題や試験もありますが、「学生の復習を促す目的」以上のものではないです。一方で、やげきよさんの note によると、UC Berkeley の Math Camp は地獄らしく、成績が悪い学生には「コア・コースを取るのは来年にしろ」とのお叱りが出ているようです。

ちなみに Math Camp 中、① 朝から晩まで数学漬け、②(教師の英語はまだしも)クセのある同級生の英語が聞き取れない、③ 宿題の量がエグい、④ 生活の立ち上げのために大量に手続きをしないといけない、⑤ アメリカの事務手続きが雑で色々と間違い・不手際が発生するの五重苦で鬱になりかけますが、なんとかなるので安心してください。④・⑤あたりは早めに現地入りすることで負担を平準化できるので、Math Camp 開始ギリギリに渡米するのは避けた方がいいと思います。

II. 1年目:コア・コース 

1年目はコア・コースを受講し、経済学の主要分野に関して研究の基本となる理論を学びます。どこの大学でも、ミクロ経済学、マクロ経済学、計量経済学の3分野はコア・コースに含まれます。 一部の大学では経済数学や経済史などが加わります。1年目はコア・コースをこなすので手一杯だと思うので、履修に関する選択の余地はほとんどないです。

III. 2年目:プレリム + 専門科目 + 2nd-year paper

III-i. プレリム

2年目の最も大きなイベントは、プレリム(preliminary exam)と呼ばれる筆記試験です。試験内容や時期は大学によって異なるのですが、多くの場合「2年目の開始前にコア・コースの内容を踏まえた試験をする」または「2年目の終了後に専門科目(後述)の内容を踏まえた試験をする」のどちらかです。WashU は前者のパターンです。後者のパターンの場合、field exam とか comprehensive exam などという名前で呼んでいる大学もあります。

この筆記試験は、早い話が「不合格だと大学に残れなくなる」試験です。試験に合格しない場合、先の学年に進むことが認められないだけでなく、成績不良を理由に奨学金などの経済支援を打ち切られることになります。ですので、プレリムをパスしないと大学に残るのは実質的に厳しくなります。昔に比べるとプレリムで「クビ」になる学生の割合は減っているという噂も聞きますが、それでも Ph.D. 生活では意識してしまう試験です。

なお、大学によっては、授業で優秀な成績を収めているとプレリムの一部/全部が免除になるところもあります。

III-ii. 専門科目

2年目の授業期間中は、専門科目(field courses)を受講します。WashU の場合、class room 型の講義や workshop 型の講義、教授とマンツーマンの論文指導などから、自分の専門分野に合わせて各学期3〜4講義を履修します。

III-iii. 2nd-year paper

2年目が始まる前にプレリムを実施している学校の中には、3年目の開始までに 2nd-year paper と呼ばれる論文を執筆することを必須としている学校が少なくないです

それに先立って指導教官となる教員を見つけなければいけません。WashU の場合は、2年目の3月末までに、指導教官を決めて所定の手続きをする必要があります。当然、1年目や2年目の成績があまりに悪かったり、研究のプロポーザルがめちゃくちゃだったりすると指導教官になることを拒否されるので、事前にきちんと徳を積んでおく必要があります。

IV. 3年目:専門科目 + 博士論文のプロポーザル + 3rd-year paper

IV-i. 専門科目

多くの大学では、3年目も授業期間中は専門科目を受講することになっているようです。

IV-ii. 博士論文のプロポーザル

3年目が終わるまでに博士論文(dissertation)のプロポーザルを完成させることを要求している学校が多いと思います。アメリカの経済学 Ph.D. の博士論文は「それぞれが完結している論文3本(以上)」という構成になっているので、この時点までに少なくとも3つの研究テーマが定まっている必要があります。また、プロポーザルは書面だけでなく、口頭でも発表することを求めている学校が多いと思います。

IV-iii. 3rd-year paper

2nd-year paper を課していない大学を中心に、4年目が始まるまでに 3rd-year paper を提出することを求めている学校がみられます。中には、2nd-year paper と 3rd-year paper 両方を必須としている学校もあるとの噂を聞きます。

V. 4年目:論文執筆

4年目になると専門科目の受講義務がなくなり、論文執筆者(thesis writer)というステータスになる学校が多いようです。

4年目の論文執筆で重要になるのが、ジョブ・マーケット・ペーパー(Job Market Paper; JMP)と呼ばれる論文です。JMP とは、5年目以降でジョブ・マーケットに出る(就活する)際に自分を売り込むのに使う論文です。通常であれば博士論文の中の1つの章になりますが、JMP は自分の進路がかかった論文なので、博士論文の他の2章と比べて重要性が段違いです。ですので、博士論文は同じくらいの質の論文を3つ書くというよりも、1つのハイクオリティ論文(=JMP)と他2本という感じにメリハリをつけて書くことになります。

VI. 5年目〜:JMP完成、ジョブマーケット、博士論文完成

5年目からは、「JMPを完成させた上で、ジョブマーケットに出て働き口を探す。それと並行して博士論文を完成させて、口頭試問(defense)に合格し、Ph.D. の学位を受ける」というのを自分のペースで行なっていくことになります。

アメリカの経済学 Ph.D. コースだと、プログラムの長さを「原則5年間」とし「例外的に6年目を認める」としているところが多いと思うのですが、実態としては6年目に入る人が多い印象です。最近では「7年目に突入した」という人の噂を聞いたりすることもあるので(もちろん COVID の影響でジョブマーケットに出る時期をズラした等の特殊事情もある気はしますが)、卒業までの期間は長期化している印象です。

まとめ

この記事では、アメリカの経済学 Ph.D. コースの概要についてまとめました。経済学 Ph.D. 生活ってこんな感じで進むんだな〜という大枠を把握していただけたなら嬉しいです。

最初に申し上げたとおり、細かいところは大学によって異なると思います。各大学経済学部の HP で「Ph.D. Timeline」や「Graduate Requirements」といったようなタイトルのページを探していただければ、それぞれの大学に即した情報が公開されていると思いますので、実際に志望校を選定される段階では、そちらもご覧ください!

ご不明点などがあれば Twitter アカウントなどにご連絡ください!


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