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避難指示に従ってくれない彼のインサイト

鹿児島をおそった豪雨は、田中家にも不和をもたらした。

連日ふり続く大雨により河川の氾濫や土砂崩れなどのリスクが高まり、昨日、鹿児島市全域およそ 60万人に対して「避難指示」が出たのはご存知のとおり(「避難勧告」より「避難指示」のほうが緊急度が高いらしい、知らなかった)。

しかも我が実家は、鹿児島市を横切るように流れる甲突川のすぐ近くにある。川、公園、我が家。以前noteにも書いたとおり、25年前の8月に起こった「8.6水害」では床下浸水をキメている。今回はそれを上回る降水量だという。避難しない理由、なくない?

ところがところが。父母、動かざることを山のごとし、なのだ。「8.6水害のあとに河川工事も入ってるし、2階で寝るから大丈夫」。きーっ。

とはいえ正直、自ら動くことはないだろうな……とは思っていたので、手を替え品を替えLINEを送る。「空振りでもいいじゃない」「人生で1回くらい避難所いくのもいい経験だよ」「ヘリコプターで救助されたらテレビで全国に映っちゃうよ」などなど。しかしのらりくらりとかわされ、「2階で寝るから大丈夫」。かーっ。

こうしたやりとりを繰り返し、わたし(東京在住)は怒りとともに半ばあきらめた。仕事中だったし。

しかし姉(大阪在住)はあきらめない。ニュース映像を撮影し、いかに危険な状況かを田中家LINEグループで説得しつづける。スルーされてもなお、市役所職員の友人から得た情報やハザードマップを送りつづける。すごい忍耐力だな……リスペクト……と思いつつ、仕事の合間に「未曾有!」「これは心配!」など合いの手を入れた。

(ほんとうに、あと少しだったのだ)

それでもそれでも、父母は頑として動かない。

さすがに「ん?」と思った。

「自分たちは大丈夫」と他人ごとに思っているんだろうな……と捉えていたけれど、姉のおかげで「避難する必要がある」という情報、決断のための材料はもはやじゅうぶんあるはずだ。本人たちも「いままでにない雨」「異常気象」と言っている。果たして心から楽観視できるだろうか、この状況で?

そう疑問に思い、母に聞いてみた。避難してなにか困ることでもあるの? するとようやく、ほんとうの理由がわかった。自分たちは大丈夫だと、高をくくっていただけじゃない。

父が、避難所生活なんぞしとうない、と渋っていたのだ。

ああ、これが避難所に行かない高齢男性のインサイトなんだ……! と、ちょっと感心してしまった。知らない人と共同生活をすること、たった一晩でも粗末な生活を送ること、はじめての経験をすることに、抵抗感がある。

おそらく父は、ニュースで見たことのある避難所の様子——かたい床の上に敷いた段ボール、暑さ寒さ、プライバシーゼロ、乾パン的な食べもの、人びとの疲れはてた表情——を思い浮かべた。そして「自分があんな場所に行くなんてありえない」と判断、散歩に行きたくない犬のように全力で踏ん張っていたのだ。「そんなところにいる自分を人に見られたくない」というプライドもあったと思われる。

……もちろん、言いたいことはいろいろあった。けれど苦言を呈している場合じゃない。「ホテルになら泊まってもいい」という着地点で親子間取引は成立、空きがあることを確認したと連絡があり、姉妹で安心した。はーっ。

(こういう感じ)

仕事とはちがう疲れにぐったりしながら帰宅し、ニュースをつけると、避難所に行ったえらい人たちの様子が映っていた。高齢の女性たちが数人で連れだって避難している。ご近所さんか親族だろう。

それを見て、一般的に言われる高齢男性の孤独、変化を嫌う性質、またご近所づきあいやコミュニティの希薄さはこういうところにも影響するのかもしれないなあ……と思った。

西日本豪雨のときも住民が避難指示に従わず、失わなくて済んだ命が失われたという。行政も頭を抱える問題だ。どうすれば適切な危機意識を持ってもらえるんだろう、動くべき住民を動かせるんだろう?

この問題、今後の災害でも全国で出てくるだろうと思う。父の粘りをどうするか、田中家(というか田中姉妹)にとっても大きな課題が残った。

などと考えていると、母からLINEが届いた。

……。

……えええ???

東京と大阪で、この日いちばん深いため息を同時にこぼしたのは言うまでもない。どっと疲れる、以外にいい言葉が浮かばなかった。返信はしていない。

ああ、ひとを動かすってなんてむずかしいんだ。だれか、どなたか、いいアイデアを!

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