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不動産業界における新人育成の限界

先日、前に勤めていた会社の責任者と会いました。聞けば今月で辞めるとのこと。もう随分前ですが、たなかも同じ会社を辞めた立場。長く勤めた職場を去る時の複雑な気持ちは、痛いほど分かります。やっと開放されてほっとしたような、新しい未来を買うために大切にしていたことを下取りに出してしまったような。

終身雇用なんて言葉がゴミ箱行きになってから、大分経ちますが、やはり去り際は心中穏やかではありません。仕事のこと、会社のこと、家族のこと、喫茶店の片隅で1時間以上、たなかは、うんうん、そうかそうかと、ひたすら聞き役に徹しました。

「でも、一番辛かったのは新人の育て方かな。最後まで正解が分からなかったわ」

ぽつんとつぶやいた一言。近年、管理職をしている人達の最大のテーマです。

不動産業界もここ10年で変わりすぎました。毎週の新聞折込、配布アルバイトさんのチラシ、手を真っ黒をして配ったポスティング。そのほとんどが過去のものです。変わって出て来たウェブ媒体、最初は5枚しか登録出来なかった写真は今や50枚近く掲載出来ます。

不動産屋に行かなくても、リビングのソファーに寝転がったままで、それ以上の情報がスマートフォンの画面で見られる時代があっという間に到来しました。

紙媒体からウェブに変移して、僕らがまず失ったものは、ふらっと店に入ってくる土日のお客様でした。アンケートを書いてもらい、探している場所、予算、既往歴、既存借入の有無など、ヒアリングを通した、お客様と営業マンとの関係の始まり。まさに新人達の登竜門です。

人と話すことは場数を産みます。最初はおっかなびっくりで接していた新人も、そのうち必死に日本語を操りながら、なんとか不動産営業マンになっていきます。慣れない運転でお客様をご案内することにより、物件だけでなく、周辺施設も道も覚えます。

2∶6∶2の法則なら、上の2割は大儲けゾーン。真ん中の6割も、世の中水準の真ん中辺りでなんとかご飯が食べられました。業績を上げて役職を貰い、基本給をベースアップしながら、大きなトラブルを起こさず、なんとか定年まで勤め上げる…

そんな幸せな時代は終わりました。あれだけ豊富にあった来店が無くなり、新人がお客様と接触する機会は激減、メールの問い合わせが当たり前の現代では電話も鳴りません。入社して5年、ブラインドタッチは出来るけど、人とロクに話せない営業マンが、社内のあちこちで誕生します。

当然ですが、令和の職場にパワハラはご法度です。たなかが若い時にされた様に、ミスをしたらバインダーの背で頭を叩いたり、朝礼でつるし上げたり、未達の人間を強制的に休日出勤なんかさせたら、広く開かれた社内通報窓口に駆け込まれて、管理職は一発アウトです。

そのうち、出来ない子は出来ないまま、見切られて放置されます。遅くまで残ることなく定時を少し過ぎたら帰り、週2日は必ず休み、毎日怒鳴られる事も無く、小言を言われる事も無く、基本給のみを受け取り、出世もしないし、昇給もないけど決してクビにならない立場。

普通の子も楽ではありません。指示には素直に従い、常に持ち歩いているノートには、朝から晩までの先輩のアドバイスで埋められています。でもこの業界を生きていく肝である、自分の頭で考え、悩み、あらゆる困難を自らの力で乗り越えていく事を身に着ける環境を、彼らに提供してあげることは出来ません。

2∶6∶2の時代から僅かな期間で、2割の狩猟民族と8割の食べさせてもらう人達に構成が変わりました。

そんな限界を迎えた現場が選べる選択肢は一つしかありません。分業です。反響が来たら対応するのは責任者かエース。案内もしかりです。新人達は事務所に残ってネット登録や契約準備。何もない日は物件の写真撮り。数が少なくなった、なけなしの反響を、経験を積ませる為だけに新人にあてがう余裕なんてどこにもありません。

当然、新人にもノルマはあるし、未達は許されません。だからこそ、現場はとことん打率にこだわります。バッターボックスに立って、ボールを迎え撃つのは責任者かエース。取りこぼしなく、確実に数字に変えて行きます。そうして作られた数字が、ギリギリ未達にならない程度、新人へあてがわれます。

責任者とエースが死ぬ思いをして稼いだ店のお金を、扶養家族みたいな人達に分配する。そしてその構造は、未来永劫変わる気配がない。誰が悪い訳ではないですが、ものすごく不健全な状態です。半年一年ならともかく、十年単位でなんてとても続けられる気はしません。

そんな現場の状況を知ってか知らずか、それでも人事は、新卒や中途を採用し続けます。お客様や従業員、関係各位の為に、会社が存続するのは当然の義務です。毎年一定の退職者がいる以上、会社が人を採用し続ける事は避けられません。

今月もまた、入社式から2~3週間、本社で形だけの研修を経て、新人が配属されます。今も昔も、不動産業界で新人が学ぶべきものは90%以上は現場にしかありません。来客のない荒野のような現場に未経験の新人を受け入れて再度すりきれる責任者たち…

業界最大手がベテランと新人でチームを組ませる、ユニット制は、こうした将来を見据えた事だったのでしょう。数字の作り方が分かる者と、分からない者を組ませて、知識や数字を分配させる。実に合理的です。ここ5年の間に、この動きが正しかった事は証明されています。

全く先が見えない状況で、限界を迎えた現場も、それをコントロールする本部も、そう簡単に構造改革なんか出来ません。責任者もエースも普通の人も新人も、立場は違えど、会社に居続けることに、相当な覚悟がいる時代になりました。

永遠に続くこのループを抜け出し、会社を辞めて、いっそ別の環境で一からやり直すか、転職が微妙な年齢なら身体一つでイチかバチか独立するのも、案外合理的なのかも知れません。

#神戸 #不動産 #独立













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