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【小説】 半分こ

バーコードをかざしたとき、先ほどまでリズミカルに続いていた「ピッ」という音が途切れてしまった。あ、やっぱり今日もダメな日なのかもしれない。

束になっているアスパラの角度を変えて再度スキャンする。シール状になったバーコードがぐるりと一周している商品だ。通りづらいのは分かっていたものの、リズムが狂うと私の心も失速する。

「お待たせしました。1815円のお会計です」レジ袋が必要か確認し、手早くポイントカードをスキャンしてお会計。おつりとレシートを渡して「ありがとうございました」までが一連の流れである。


はあ、単調作業。単調すぎてつまらない。

でもこのスーパーマーケットは家から近く、シフトもある程度自由。地元だからこそのゆるりとした雰囲気もあって文句は言っていられない。最初は大学付近でバイト先を探そうと思っていたけれど、実家から通っている身にとっては移動時間さえも稼ぎたい。

「いらっしゃいませ」

土曜日。お昼のピークを過ぎて客足がだいぶ落ち着いた時間帯。今日は夕方までのシフトだからもう一踏ん張りである。

営業スマイルでお客さんのほうを振り向くと、馴染みの顔があった。

「よお」

「あれえ?どうしたの?」

中高で部活が一緒だった健太郎くんだ。大学はバラバラだが家がわりと近所なことと母親同士の仲も良いため、今でもずっと付き合いが続いている。

「どうしたのって買い物だよ」台の上に載せられたカゴにはお菓子やらパンやら甘いものがたくさん入っている。

「今日何かあるの?」甘いものを食べているイメージがあまりなかったため、レジを通しながら思わず口にする。一人で食べるのだろうか。

「ん?いーや」スマホに視線を落としたまま答える。なんだよ顔あげて答えろよ。

シュークリーム、ピッ。
期間限定のかぼちゃのパン、ピッ。
みたらし団子、ピッ。

「結構久しぶりだよね?元気?まだ実家から通っているんだよね?」スキャンをしながら話しかける。レジ打ちのバイトは友達が来てくれてもゆっくりと話す時間がないのが辛い。打っている最中が勝負である。

カントリーマアム、ピッ。
午後ティー、ピッ。

「なあ、詩織とちゃんと話したの?」

りんごのタルト、

あれ、バーコードがうまく通らない。プラスチックケースに入ったケーキのバーコードもたまに止まるんだよな。てゆうかこの人、どんだけ甘いものを食べるのだろうか。

「詳しいことはよく分からないけどさ。喧嘩したって聞いた。2人めっちゃ仲良かったじゃん。ちゃんと話してみたら?」

りんごのタルト、ピッ。

じわじわと心が重くなっていく。そんなの、詩織のことは、私が一番、

「えーっと、2330円のお会計です。買い物袋は……持ってないよね。入れておくね」

お会計をしておつりを渡す。顔を見れなかった。






「ねえ春菜、これ半分こしない?」

高校の頃、部活が終わった後は家に着くまでの途中にあるスーパーやコンビニに寄るのが日課だった。田舎だからおしゃれなお店なんてない。学生が唯一集まれそうなマクドナルドには先輩たちが多く、なんとなく入りづらかったっけ。

だからスーパーやコンビニのイートインコーナーが私たちにとっての憩いの場だった。毎日自転車を漕いで、学校に向かい、部活をして帰るルーティンは、お弁当だけじゃとても足りなかった。

詩織はかなりの甘いもの好きで、新商品を見つけては「半分こして食べようよ〜」とニコニコしながら私を誘った。

「一人で食べたらいいじゃん?」

「一緒に食べたほうが美味しいじゃん?」

そう言ってパンやシュークリームを半分に割る。うまく半分にできなくて、二人揃ってゲラゲラ笑うことも多かった。楽しかった。

楽しかったのに。

どうして喧嘩なんてしてしまったんだろう。きっかけは些細なことだったはずなのに。中学や高校の頃はちょっと険悪な雰囲気になっても、すぐになんともなく話せたのに。今までどうやって仲直りしていたんだろう。

仲直りの仕方がわからない。

一番仲直りしたいのは、私だよ。





「はいこれ」

目の前が急に白くなり、ハッと顔を上げる。健太郎くんが私に向かって大きなビニール袋を渡している。

「早く。さっさと受け取れよ。他の客くるぞ」

ぐいっと押し付けられた袋の中には、先ほど会計したお菓子がたくさん詰まっている。

「へ?なんで?」

「これでも食べて、仲直り、しろよな」

中にあるお菓子は見慣れたものばかりだった。そういえば、これ部活の休憩中にみんなで食べたやつじゃん。これは詩織と健太郎くんと私と一緒に、このスーパーで食べたやつじゃん。

「じゃあな」

「あ」と声をかけようと思ったら、「お願いします」と次のお客さんがやってきた。健太郎くんの姿が小さくなる。

あいつ、私たちが甘いものをよく食べていたのを覚えていたのかな。


ふふっと急に笑いが込み上げてくる。

バイトが終わるまであと少し。帰りに詩織の家に寄ってみようかな。半分こしてさ。「健太郎くんってバカだよね」「こんなに食べられるわけないじゃん」なんて話をしながらさ。

今日こそは、なんだかいけそうな気がする。

ピッ、ピッ、とリズミカルな音が続く。

最後まで読んでいただきありがとうございます!短編小説、エッセイを主に書いています。また遊びにきてください♪