人生を変えた親友との出会い
どうもこんにちは!たむじょーと申します!
本日は前回の記事の続きということで僕が兵庫県から千葉県に転校して1度諦めた陸上を再スタートする記事をYouTubeの動画では語らなかった部分を交えて書いていきたいと思います。
YouTubeでの動画はこちらをご覧ください。https://youtu.be/06QIOeVTr-E
僕は兵庫県での陸上生活に後悔を残したまま終えて陸上人生に幕を下ろしました。
とりあえず、高校に進学する為に陸上を引退してから受験勉強を始めました。
何気なく勉強をしていた夏休み、おじいちゃんおばあちゃんの家が千葉県にあるので久しぶりにその家に夏休み期間の1週間程行く事になりました。約3年間会っていなかったので久しぶりの事でワクワクしながら千葉県に行きました。
千葉県に帰った初日まず初めに小学校からおじいちゃんと散歩をするのが好きだった僕はおじいちゃんと転校しなければ行くはずだった千葉県の中学校まで散歩をしていました。
その散歩の途中の出来事でした。
親友との奇跡の再会
おじいちゃんと会話をしながら千葉県の懐かしさを楽しんで歩いていると僕の名前を誰かが呼びました。
「丈哉?」聞いたことある声でした。
前を向いたら、そこにいたのは部活帰りの小学生の時の親友のたけでした。この驚きと嬉しさは今でも忘れません。
「え!?たけ!?久しぶりすぎる!!なんで、お前ここにいるんだよ!!!」
そしたらたけが僕よりビックリして
「いや、こっちのセリフだわ!なんでお前こそここにいるんだよ!!!」
そこからたけを交えて3人で散歩をしながら、お互い会わなかった3年間に何があったかを全て話し尽くしました。
「丈哉は兵庫県でもちろん陸上続けてるんだよね?丈哉の事だから相当速いだろうな〜」
「陸上は総合体育大会を終えて引退したんだよね、結果も残念ながら悪かったわ」
僕のタイムを言ったらたけは驚きました。貧血に悩まされた事、陸上は中学で辞めて高校では続けない事、部員が2人だから駅伝にも出れない事全て語りました。
「俺の事はいいから、たけはどうなんだよ?もちろん陸上部だよな?」
「うん、3000mも8分台を出して、俺も総体終わって駅伝部が発足して夏練習中なんだよね」
僕はたけのタイムを聞いてビックリしました。
はっきり言って中学生で3000m8分台と言うのは超すごいです。神の領域です。
そのタイムを小学生の時に僕より遅かったたけが出している事に驚きを隠せませんでした。
「えええええええ!?マジかよ!!!8分台?凄すぎる!!!!」
あの親友のたけが、毎日遊んでいたたけが、小学生から一緒に走っていたたけが8分台?
僕はたけに対する尊敬の気持ちと共に自分の兵庫県での陸上人生への後悔の気持ちが頭をよぎりました。
そんなこんなでお互いの経緯をいろいろ話して、最後にたけが言いました。
「明日、駅伝部の夏練習あるから丈哉も練習にくる?」
「え!?いいの!?」
この一言から僕の本当の陸上人生が始まる事になります。
千葉県での駅伝練習
次の日、たけと朝待ち合わせて、これ以上ないワクワクな気持ちで中学校の練習に参加しました。
中学校に行くと、駅伝部のみんなが口を揃えて
「丈哉久しぶり!元気だった?」などたくさんの言葉をかけてくれました。駅伝部に入っていたのは、たけだけではなく小学校の時の他の友達もたくさんいました。
久々に会って本当に懐かしい気持ちと同時に、3年間会っていなかったので嬉しい気持ちが込み上げてきました!
楽しさを噛み締めつつ大事に走りました。
「みんなで走るのがこんなに楽しいなんて」
僕は練習する事の楽しさと走れる事に感謝しながら練習に取り組みました。
それから、兵庫県に帰るまでの1週間毎日練習があったので毎日練習に参加しました!
懐かしい友人と走るのが楽しくて楽しくて仕方ありませんでした!
「こんな日々がずっと続けば良いのにな〜」
密かに胸の内で思っていました。
そして練習最終日を終えて、兵庫県に帰る日を迎えました。その練習の帰り道たけがある事を言いました。
親友から言われたある一言
練習の帰り道、兵庫県に帰ることをたけに伝えるとたけは僕に言いました。
「丈哉、俺らと一緒に駅伝やらない?」
その言葉を聞いた時に、僕はどういうことだ?と率直に思いました。
「どうやって?」と聞き返すと
「丈哉が千葉県に転校してくれば良いんだよ、練習もまともにできなくて貧血で苦しんで大好きな駅伝は1度も走った事ない、あんだけ陸上が好きだった丈哉が兵庫県でそんな生活を送ってるのは知らなかったし、単純に俺自身、丈哉が帰ってきて一緒に駅伝やりたくなった」
僕は考える間もなく返答しました。
「俺もたけと駅伝やりたいから転校するわ!」
その日帰って夜に兵庫県にいる父親に電話しました。
「もしもし?俺転校するわ!俺やっぱ陸上続けたい!」
父親からの返答はもちろん
「お前何言ってんだ!?とりあえずいいから1回兵庫県に帰ってこい」
と言われました。
でも僕は
「いや、帰らない!俺は駅伝がやりたいんだ」
自分の思いを包み隠さず全て伝えました。
長い時間説得して、親を納得させる事ができました。
ここから、僕の陸上人生は再スタートして1度諦めた箱根駅伝を走るという夢を大学2年に叶えます。
※千葉県の中学校に転校してから、箱根駅伝を走るまでの経緯はYouTube上で動画をアップロードしているので割愛させて頂きます。
まとめ
僕が人生を変えてくれた人を1人選ぶとしたらそれは間違いなく親友のたけです。たけとの奇跡的な再会を果たして僕は人生が変わりました。
人生はあの時の連続だと思っています。あの時おじいちゃんの家に行ってなかったら、あの時部活帰りのたけと出会ってなかったら、あの時たけが一緒に駅伝やろうと声をかけてくれなかったら、あの時転校しなかったら間違いなく今、たむじょーは存在していません。
たけが、「転校すれば良いんだよ」
この言葉をかけて来なければ僕は今頃箱根駅伝という夢を諦めて大好きな陸上も中学校で辞めて自分の人生に後悔していたと思います。
「転校すれば良いんだよ」と言われてすぐ転校する決心をし、その選択ができたから僕は今夢を叶えてたむじょーとして存在する事ができています。
この転校を決心した選択は今の僕の人生観にも凄く活きています。
他人からしたらおかしな選択や世間的には認められない選択であっても自分が決めた我が道を行くといういう気持ちは絶対に変わる事はありません。
そんな人生観を得る事ができたのも、やはりたけとの出会いが全ての始まりだったんです。
そういう気持ちや人との出会いを大切にしてこれからも皆さんに笑いや元気を届けて、もっと有名になってたけに恩返しできるようこれからの活動頑張っていきたいと思います!
という訳で皆さん読んでくれて
ありがとう〜!ありがとう〜!
次回もよろしくー!
※今回の記事のサムネは箱根駅伝を走った時にたけと撮った2ショット。
たけの希望により顔は見せれませんがこの写真は僕にとって一生の宝物です。
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