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2019年の読書記録 October - December

1. 出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと(花田菜々子)

少し前にこの本が新刊で本屋に並んでいるのを見てちょっと衝撃を受けたことを覚えている。タイトル通りの内容が展開されるが、出来事に対する彼女自身の気持ちが徐々に変化していく過程を見ていると、「好きなものを媒介にして人と言葉を交わすことが、ある時はものすごく救いになるのだなぁ」と感じさせられる。
最近、本(そのもの)や本屋や図書館などに関する本を読むことが多いのだけど、この作品でも未知の領域の本がたくさん紹介されていて、自分が読んできた世界は本当に一部分でしかなかったのだと痛感した。
まずはラッタウット・ラープチャルーンサップ『観光』でも読んでみようか。

2. アメリカ紀行(千葉雅也)

旅先の感覚って、こうだよなと思う。
慣れ親しんだ日常とは何もかもが違うように見える街中。優しいのかそうじゃないのか分からない人々。食べ物も空気も夜聴こえてくる音も、日常なんて決して普遍的なものではないと毎秒痛感するような。
日常はまるごとのパッケージではなく、ものすごい数のディティールの集合体であるということ。
レヴィ=ストロースの書き物の仕方、ガングロギャルによる「逆張り的な人種ごっこ説」などのコンテンツはもとより、留学期間中という特異な時空間において、何を思い何を話しどこに行くかという細部に、哲学者として、あるいは一人の人間としての千葉さんを見るような気がしておもしろい。

3. 悲しき熱帯Ⅰ(レヴィ=ストロース)

新幹線に飛び乗る直前の本屋で、勢いよく購入。先にⅡのほうを読んでいたので順番が逆になったけど、結論、どちらが先でも面白い。
アメリカ大陸などの先住民とその文化に対する眼差しは、常に情熱と冷静の間にある。レヴィ=ストロース自身に関する本も同時に読んでるけど、この人は学者である一方で、稀代の詩人だったのだと思う。
1巻はレヴィ=ストロースがパリを立ち、ブラジルに到達してインディオに逢うまでがつづられている。個人的には、2巻のほうが詳細な記述に読み応えがあり、より専門家の目線に近しいところから事物を観察しているような気がしておもしろかった。当時主流だったと思われる「西欧↔︎(素朴で野蛮な)非西欧」という考え方に批判的で、インディオの風習や思考から、自らを含む人類そのものを理解しようとした人のように私は思える。
文化人類学の偉大な先人は後年日本も訪れていたというが、今の没個性的で脱人間的な街の様を見たらなんと言うのだろうか。

4. 文化人類学の思考法(松村圭一郎、中川理、石井美保)

文化人類学の入門としては人にぜひ勧めたいと思う本。
文化人類学というのはすなわち、人間に興味のある人向けの学問だと思っている。コミュニケーション(1対1の言語が媒介するもの~国家対国家というレベルまで)や経済をまわす仕組み、芸術の立ち位置、など「人類」「文化」という言葉を用いて説明される概念は数多くあり、一つ一つに人間自身としての意外な発見が眠っているものだ、というメタ的な感動を覚えられる。個人的には仮想通貨とヤップ島の石貨との関連についてのパートが面白かった。

5. 思考の整理術(外山滋比古)

術、という言葉があるが、これはハウツー本ではない。とあとがきにも書かれている。
自分に入ってくる情報をどう整理してアウトプットにするか、という手法(いわば戦術)レベルの話ではなく、そもそも「より人間らしい生き方」をしていくためにはどんな姿勢でいたらいいのか、という戦略を示した本なのかなと思う。
目の前の問題に対して、こういうテクニックを使えば対処できますよ、という指南書は巷に数多く出ている。が、そもそも目の前の問題をどう抽出するか(この状態ってどういう意味なのか)?どう切り分けて整理すべきなのか?という視点ですとんと腑に落ちるような文献にはあまり出会ったことがない(まだ努力が足りないだけかも)。この本はそういう、ある種困難な状況にあっても、ぶれない自分をどう構築するか、ということの一つの解になりそう。

6. パタゴニア(ブルース・チャトウィン)

この本を愛読していた有名人の話を聞いた。
あと常々、モレスキンの黒いノートって良いなと思っているのだけど、作者のチャトウィンがモレスキンを愛用していた、という話を聞いたこともある。
という、生活の中に、この本に関するエピソードが突然現れ始めたタイミングで、六本木の文喫にてこの本を偶然発見してしまった。これは買うしかない…。こういう出会いがあると、日々はけっこう楽しい。
さて、この本は紀行文です。「特定のテーマへの探求・興味をもって本を読む」というのをしがちな自分には馴染みのないことだったけど、この本に一貫したテーマというものはなく、チャトウィンの旅の記憶の中で小さなテーマがどんどん移り変わっていく。たしかに、旅ってそういうものだよな、と小さく納得している。
この本を文庫で読む方には、ぜひ池澤夏樹さんの解説を読んでから本文に入ってほしいと思う。特に、以下の部分が端的にこの一冊を表していて、「読み方」の指針になると思うから。
【彼自身の旅を縦糸とし、かつての他の人々の事績を横糸として編んだ布が『パタゴニア』である。(中略)一つ一つのエピソードの中にはもっと小さいエピソードがぎっしり入っている。この話題の展開そのものが、ちょうど思いがけないことが次々に起こる旅程なき旅のようであるとも言える。】
まさに。
映画の「イエスマン」をよく見ていたのだけど、ヒロインが深夜の野外ステージで言い放つ「この世は大きな砂場」という主旨のセリフがとても好きで、この解説文を読んだときもそれを思い出した。そうなんだよなあ。

7. ナウシカ考(赤坂憲雄)

荻窪の本屋さんTitleのSNSで紹介されていて、速攻で買いに行った本。
これまでの人生の要所ごとに、いつも宮崎駿さんの作品があったように思う。特に漫画版「ナウシカ」は定期的に読み直してあらたな着想を得る源泉であり、かつ自分の思想の根っこに豊かな栄養をもたらした作品。
この本の作者も数十年に渡り、ナウシカの登場人物、ストーリー、モチーフなどを考察して書き上げたとのこと。300ページ以上の大作だけど、心から共感したり、思い出して感動していたりしたらあっという間に読み終わってしまった。
腐海の意味、聖書の黙示録との関連、森の人に関する考察など、読み応えのあるテーマが次々に現れるが、圧巻だったのは、ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの詩学』の一節をまじえながら論じている終章である。この本から引用されている以下の文章は、たしかに宮崎駿の漫画版『ナウシカ』とは何であるかを示唆していると思う。

それぞれに独立して互いに融け合うことのないあまたの声と意識、それぞれがれっきとした価値を持つ声たちによる真のポリフォニーこそが、ドストエフスキーの小説の本質駅な特徴なのである。

たしかに、『ナウシカ』では主人公のみならずあらゆる登場人物が声を発し、自らの意思で動き、人格を有しているように見える。それは監督の決めたプロットに沿って落ち着くべきポイントに向けて演技をしているのとは明らかに違うように思える。(結末がどうなるかは宮崎さんですらわからなかったという逸話もある)
風の谷の人々、ユパ、クシャナ、アスベル、森の人、土鬼、チクク、僧正さま、チヤルカ、蟲使い、そしてほんの数ページしか登場しないヴ王といった人物でさえ、明確な存在意義があり、強烈な光のようにそこに現れる。ナウシカの言う、「わたしたちは 闇の中のまたたく光だ!」という言葉のように。『ナウシカ』は、漫画という形式をとった哲学なのだと思う。本書と合わせて、何度でも読み直したい。

8. 観光(ラッタウット・ラープチャルーンサップ)

花田菜々子さんの著書に惹かれて借りてみた。
観光。ふだんはその言葉から、ここではない場所へ移動して景色を見たり地場料理を食べたり温泉に入ったりするようなことを連想する。けれども、分解してみれば「光を観る」ことであり、光は光景とかそういう言葉からの借用だと思うけど、単なる表層的な景色という意味に限らずそこに生きる人々のありのままの暮らしを観ること、と考えていったら腑に落ちた。
移動先で接する人の今と過去と未来とが、自分のそれらと互いに交差する、それが旅で起こる出会いであり観光なのだと思う。
タイの作家の本は初めて読んだが、旅の中で感じる、一瞬でなくなってしまいそうなきらきらした光を感じることができる素晴らしい短編集だった。特に、「プリシラ」というお話は好きだなと思う。
この本を読みながら、昔からの癖が蘇ってきた。旅に出て電車やバスに乗っているときに、自分の視線がさらっていく延長線上に、どれだけの人が動き、話し、触れ、寝ているかを考えると、あまりに多くの人生がそこらに転がっていることに驚く。もちろん、自分のそれもその一つにすぎず、その総体が、概念としての社会や文化や世界を形作っているのだと思う。

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ここまで、2019年に書いたものです。
3ヶ月で10冊行きたかったけど、行けなかった…!!
この悔しさを忘れずに、来年は今年以上に本を読めるように、きちんと時間を作ります。
読んでくださって、ありがとうございました。(もう2020年入っちゃってるけども)

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◆1〜9月までの読書記録


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