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たどり着いたのは本気のいっこく堂

こんばんわ。ためそと申します。

数ヶ月前の↓

こちらの記事を書いていた時と、現在で自分なりの変化と発見があったので

わたしなりの体験を報告いたします。

本音ってなんだ?自分と向き合うってなんだ?自己対話ってなんだ?わたしには聞こえない声

わたしはかなりこの疑問を抱えてました。

マジでみんな簡単に言うんですよ!!!!

「自分に問う」とか「本音を探る」とか「気持ちを書き出す」とか「本当の自分を知る」とかさーーー!!!!!

いや…なんだそれ!!!つって。どーやんだよ!!!つって。さも当然のように言ってるけどそこ詳しく教えてくれよ!!つって。

やってみようと思って自分の気持ちを紙に書き出そうとしても、何も書くことが浮かんでこなくて、何を書いて良いか分からなくて、途端に悲しい気持ちになって時間だけ経ってしまって、「自分にはできない」ってまた無意識に日々に流される。

そんなことを幾度となく繰り返したことを覚えてます。

今ようやく少しわかった気がするわたしが伝えたいことは

自己対話には段階があると言うこと

だから
急に実践しようとして

でも自分が分からない→できない→焦る→落ち込む→やめよう

っていつもの自分を意識しない日常に戻るのはすごくもったいない!!!

まずは「自分の本音を知りたいと思った。」「自分に意識を向けたいと思った。」その声を聞けただけですごいんです!反応してるだけで届いてるんです!

だから

どうか

できないとか

このままじゃダメだとか

自分を責めないであげてください。


実践その①

「段階がある。」

どういうことかというと
今までおもいっきり外側に意識を向けまくっていたわたしは自分の気持ちや感覚に無頓着すぎてすぐに「声」なんて聞こえるはずもなく「言葉」で理解できるわけもなく「感覚」にすら意識を向けたことはありませんでした。


まずは「感覚」や「気分」を注意して意識することにしました。

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マジでこんぐらい、なんてことないことをいちいち意識して確認しました。

テレビの中継で「そちらどうですか〜?」って聞かれたときに答えるみたいに、一人自分の様子や感覚を淡々と実況中継です。

この確認をすることによって

だんだん自分を客観的にみる感覚が備わってきたような気がします。

特に「感情」が動くときは自分の本音に気づきやすいチャンスです!!
なぜなら、すごく感覚が分かりやすいからです。

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今なんかちょっとウキウキっとした。
強烈にうわーーースキーーーー!!って思った。
あっ今の言葉かけてもらって安心した。ホッとした。とか

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逆に、悲しいとか傷ついたとかもそうです。
なんか今落ち込んでるとか。
なんのやる気も出ないとか。

感情が動いた時にこの↓

普段から「感覚」や「気分」を意識することの成果が出ます!

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感情に飲まれず、客観的に今この感情だと「気づける」からです。

気分が良い時は「幸せ」とか気分が悪い時は「不幸」ではなく、

感情はただの自分を知るためのツールなんだと思いました。


実践その②

客観的に自分の「感覚」や「気分」「感情」をみることができるようになってきたら、

自分に質問をしてみるようにしました。

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今なんかちょっとウキウキっとしたのなんでだろう?
今ホッとしたのはなんでだろう?
この言葉でなんで嬉しかったんだろう?

分からなくても、「わかんないけど、なんかホッとしたんだ〜」
そうか自分はこういうことでホッとするんだ。大発見です。

「この色すごく好き!って思ったから」
「自分にもできそうと思ったから」
「これやってみたいと思ったから」
「こう思ってたけど大丈夫なんだと安心したから」

質問すると徐々に分かりやすい自分なりの答えがみつかるようになってきました。

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悲しい、辛い、不安、こんな時も同じです。
「なんで今モヤモヤしてるんだろう?」
「なんで落ち込んでるんだろう?」
「なにが不安なんだろう?」

負の感情が湧いた時や罪悪感を抱いた時は特に自分にある固定観念に気づくチャンスです。

「迷惑をかけてしまって申し訳ないと思ってる」
「こんなことをして自分はダメだと思ってる」

自分が抱いていた固定観念に気付いただけでも、またひとつ自分の謎が解き明かせました。そうか〜自分はこれを守らなきゃとかこれがダメとか知らない間にルール決めてたのか〜。みたいな感じで。

あと大抵は自分を責めたり卑下したりすると気づかないうちに気分が悪くなってたことが多かったです。まずは気づくこと。気付いたら意識して自分責めはやめてあげることにしました。

感情は自分が送ってるサインみたいなものなのかも!


実践その③

質問して、答えてのやり取りを自分の意識の中でやってくと徐々に自己対話ができるようになってきました。

気づくと自分の頭の中に

客観的に自分をみてる自分=今まで質問してくれてる自分=自分を観察してる自分

の存在が生まれておりました。

当時こんな自分がいたらいいのにという記事を書いていたのが↓

数ヶ月後本当に生み出せるようになってたんです…↓

今振り返ると4ヶ月かけてわたしは自己対話のトレーニングをしていたんだと思います。

質問して自分の答えを引き出してくれてた存在が

今では

「もしかしたらそう思い込んでるだけで違うかもよ?」「じゃあどうしたい?」「どう考えたら楽しくなるかな?」「やりたいって思える方法まだあるよ!考えよう」「やってみよう試してみよう」「すごいよ偉いよ」

励ましてくれたりアシストしてくれたり応援してくれたりする

声としてはっきりやり取りできるようになっていました。

意識を肉体の自分目線にして感覚を伝えたり、それを今度は客観的に自分をみてる自分にして問いかけたりアドバイスしたりをいったりきたり。

もう今では完全なる一人本気のいっこく堂です。


あんなに自分を信頼できなかったわたしが

自分のことが何も分からないわたしが

何度も自分が分からない→できない→焦る→落ち込む→やめよう

を繰り返してたわたしが。


始まりは

「自分の本音を知りたいと思った。」

「自分に意識を向けたいと思った。」

それだけでした。


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ずっと変わりたいのに、毎日、変われないなぁと思いながら

それでも今できることをって小さいことをやり続ける果てしなさ

みたいな何とも言えない気持ちを先月描いたやつです。



これを描いてからまだ1ヶ月しか経ってないのですがわたしの中で完全に何かが変わった、あれ??ちょっと甘くなってきてないこの海…!!!!っていう手応えが確かにあるんです!!!

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