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[噺のネタ]番外編(小三治師匠の『左の腕』松本清張)

10月7日。
小三治師匠がお亡くなりになりました。

今回は師匠の『左の腕』を取り上げたいと思います。

ん?何だそれ?と思われるかもしれませんね。

これは松本清張の短編小説。
実は小三治師匠はこの作品の朗読CDを出されているのです。

そして、この『左の腕』はただの『左の腕』ではないのです。

これまでにも何人かの噺家が挑戦している小説。

古くは三代目の三木助師匠の音源が全集CDに収録されています。(それは後程。)

色々と聞いてみて、この『左の腕』には、難しい、でもここが出来なきゃ意味がない、とも言える大事なポイントがあることに気が付きました。

それは…

と、

その前に小説の粗筋を粗っぽくお伝えします。(以下ネタバレありです。)

深川の料理屋で働くようになった器量良しの娘と、その父、卯助。

その料理屋に出入りする麻吉。タチの悪い目明しの麻吉は、父親の左腕に布が巻いてあるのに目を付ける。当人に聞いても答えず、他人にはどうあっても見せようとしない。

これは何か秘密があるに違いない。そう考えた麻吉はしつこくからみ、そこに刺青が彫ってあるのを確認する。

内緒にする代わりに娘をよこせ。そう要求した2日後。

料理屋に盗賊が入り、娘が縛られてしまう。それを知った父・卯助は棒を一本だけ持って乗り込む。

実は卯助はムカデと呼ばれる悪党の大親分だったのだ…。

という話。


ここで先ほどの話に戻ります。

ポイントは、
ただのしょぼくれた老人が、ここぞという時に大親分に変わる。そのギャップを表現できるか。
チンピラ風ではなく、大物たる威厳を伝えられるか。

だと思います。

これが中々難しい。

三木助師匠は、後半の変化する部分が念頭にあるためか、序盤からどこかチンピラめいた部分が出てしまっているように感じられます。そのため、最後の大親分に変わる所が、大物の風格が際立たず、という印象。

時間をかけて細部まで徹底的にこだわる三木助師匠にとっては不完全燃焼だったのかもしれません。というのも、これはラジオドラマの収録で、台本は3日前に渡されたとか。準備期間も短くいた仕方のない事と推察します。

そして、アタシが聞いた限りでは、この変化を実に的確に表現されているのは、ただお一人。


それが小三治師匠なのです。


序盤からチンピラのキャラが出てしまったり、
後半で大親分の貫禄を出したいのに、ただのチンピラだったり…。

そうなりやすいこの噺ですが…

小三治師匠の卯助は、序盤は謎めいた所はあるものの、ただのお爺さんです。考えてみれば、自分の出自を隠したいのにチンピラめいて粋がっていては、元も子もありません。

小三治師匠は、卯助のキャラクターを、悪ぶらずに、老人として淡々と演じられています。だからこそ、実はそれほど凄んでいないにも関わらず、終盤の大親分になる場面では、その器の大きさが際立つのでしょう。

師匠は「序盤からくすぐりを入れるな。我慢してやっていれば、その分後半に(お客様の)笑いが来るんだから」と、よく仰っていました。

が、落語だけでなく朗読でも実践していらしたとは!


小三治師匠は「技術よりも心」という内容のこともよく仰っていました。
心というのは、登場人物の心の描き方(登場人物は噺の先(未来)を知らない)と、演者としての心構え(人間性)。という事なのだと理解しています。

それは卓越した技術を、既にお持ちになっていたからこそのお言葉、なのかなとも思います。

アタシのような若輩者には、やはり技術が無ければどうしようもありません。そして心も大事。

ですので「技術も心も」を目指したいと思います。


画像は鈴本演芸場の鈴木会長から頂いた、落語協会誌「ぞろぞろ」。
小三治師匠の特集は2001年新春号No.50に掲載されています。
取材が歌る多師匠、玉の輔師匠。写真は彦いち師匠。

2021.10.27 15:19 公式HPに掲載
※テレビで紹介されていた、noteの編集機能やAI機能は使用しておりません。完全にオリジナルの投稿となります。


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■ここだけの話(神田・鼠の穴) 11/27(土)15:30
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■ヒルラクゴ(大手町) 11/18(木)12:10

<玉屋柳勢(たまやりゅうせい)とは>
落語協会の噺家。2020年3月下席より真打に昇進。六代目 玉屋柳勢を襲名いたしました。これまで師匠方から「直に」受け継いだ落語。それはアタシの財産です。その楽しさと伝統をお伝えできたら嬉しいです。
プロフィール詳細は公式HPのこちら








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