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「世界はデザインでできている」BOOKREPORT


「みんな、だれもがデザイナー」

本に生えた付箋は記憶の森。雑木林、枯れ地になる場合もあるけど、この本の森には、黄金にひかる「トマト」がなった。森なのに、不思議だ。不思議なことがいっぱいだ。

1回目は息をつかずに読む。映画館でみるフィルムのように、本といっしょに時を進んでみよう。だれもが素直になれる。たぶん、これが「デザイン」。お時間ゆるせば、後半の「3人ぽっちの夕食座談会」までぜひ。

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「世界はデザインでできている」著者 秋山具義 
この感想文は、文筆家でありラジオ放送作家でもある嶋津亮太さんからご提案いただいて書かせていただくことになりました。嶋津さんがこの本の構成を担当なさったということ、著者である秋山具義さん は予備校時代のあの人!ということで、嶋津さんをはじめ、感想とどけ!ということで、僭越ながら感想文を。


「人に話したくなるデザイン」(本書P35より)

予約した本が届いたその日、猛スピードで読破。
人の生きる道をなぞることは「デザイン」だなと思った。

「デザインの中にストーリーをつくっておくことも重要」とある。ちいさな毎日にはぎっしりストーリーがつまっていて、ああ30年ちょっと前に、こんな話を書くなんて思っていなかったなと懐旧の情。著者 秋山さんは無意識にも仕掛けをつくってくれていたのかもしれない。

前半、その秘密をすこしだけ書いてから、後半は、幸いにも家族3人が夕食で揃った日に雑談した内容を「3人ぽっちの夕食座談会」として、感想文の代わりとしよう。


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「ゴッホ不在の新時代」(本書P97より)

ネットワーク時代の到来。本文には「人と違う『何か』を感じさせないと誰かに発見してもらえない」と、ゴッホのメタファーがつづく。

あの日、美術予備校の教室で、穴があくほどリンゴやタイヤを見つめてデッサンしたり、冷たいケント紙に筆をあてて構成画を塗ったり。そんななかで、秋山くん(ここだけクンづけ失礼/著者 秋山具義さん)の出色な平面構成を横でみながら口をあんぐり開けていた。わたしはずいぶんと呆けている浪人生だったなあと思う。

ポンと膝をたたく。

その後、あるとき秋山具義さんのデザインの功績を知ることになるわけだが、ネットやSNSという手段がなくても、彼の足元は『何か』をもって確実にデザインの世界を歩んでいたのだ。

さて、まえがきはおしまい。後半はいよいよ「3人ぽっちの夕食座談会」。20分ほどのおしゃべり。少しまとめて文字にしましたが、長いです。


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「世界はデザインでできている」

−3人ぽっちの夕食座談会−

父(とる/デザイン歴40年)
母(たま/陶芸歴33年)
息子(そう/デザイン歴2年)

夕食メニュ
玄米ごはん、甘辛チキン、水菜のサラダ、大根と松山揚げのおみおつけ

場所・時間
わが家の食卓
夜10時半ごろ(みんな仕事おわらず不可避なアンヘルシータイム)

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1. デザインにかかわっているみんなはどう思った?

たま:みんな読んだよね、秋山具義さんの本。感想を聞かせてよ。

とる:秋山さんが考えるデザインとは、お客さんに行動をおこさせるということ。そういうことが書いてあるよね。

そう:そうそう。「お客さんの行動をデザインする」っていう章があって、そこで、たしかマルちゃん正麺のことが書いてあったと思う。読む前から正麺のパッケージは秀逸だと思ってたよ、秋山さんのだったんだね。

たま:ああ、キラキラのデザインで、お客さんの行動を起こさせるというところね。行動を起こさせるってことも「デザイン」ということよね。

とる:そう。(もぐもぐ)

たま:パッケージデザインとか、グラフィックデザインとも呼ぶと思うんだけど。

とる:秋山さんは、ビジュアルコミュニケーションのデザインをしているけど、でも実は、他のデザインでも使えることがいっぱい書いてあるなあと。

そう:それがあって、できているんだよ。(もぐもぐもぐもぐ)

たま:どういうこと?

そう:ただグラフィックデザイナーはカッコいいデザインをつくるのがうまいんじゃなくて、佐藤可士和さんとかもそうだけど、それまでの目的というか…秋山さんの「トコ」大学のロゴ(常葉大学ロゴマーク)も、シンプルでわかりやすくて。秋山さんは、そういうの目指していたと書いてあるじゃない?目的とかがあって、そこを考えられる人なんだよね。

たま:グラフィックデザインだって、もちろん考えてデザインしているんじゃない?

そう:そう、だから秋山さんは、購買意欲をそそらせるとか、そういうみんなで動くことを、やってるんだよ。(もぐもぐ)

とる:グラフィックデザインの話をしているけど、技法のことでなく「なんでそれをやるんだっけ?」ということを語ってくれている。

たま:あとは?

みんな:(もぐもぐ、もぐもぐ)

とる:もし、ボクが短い感想を書くとしたら、「うん、そうだよね」「ああ、そうなんだ」「ああ、そうそうわかる」というのがいっぱい入ってた本だ!というふうに、書くと思う。

たま:同じようにデザインの仕事をしている者として?

とる:そう。グラフィックデザインだけでなく、そうじゃないデザインをやっている人も同意できるというか。

たま:同じデザインでも、ちょっと違う分野のデザインを、まさに現在進行形で学んでいてどう思う?

そう:もちろんボクも、とるに同感。最初のほうで語ってる「デザインとは」というところね、“デザインがなくなっちゃったら裸になっちゃうよね”というところとか。デザインといったら、一般的にグラフィックデザインとか視覚的なものと思われがちだけど、そうじゃないんだよってこと。そういうことが最初に書いてあったよね。デザインって、そういうことなんだよね。


2. 世の中の事件もデザインで解決できるの?

たま:(もぐもぐ、ニュースを見ながら)ああ、衝撃的なニュースが多くていやになるなあ。じゃあ、こういう事件もデザインで解決できると思う?「世界はデザインでできている」というのであれば、悪の事件も、デザインで変えていけると思う?

とる:漠然としちゃうけど「そういう気持ちにならないようなもの」が身の回りにあるとか。あとは、道具として「そんなことしようとしたら働かなくなる」とか。完全にITとか夢の世界だけど。

そう:でも、そういう解決方法や解決策ではなくて、根本的なものを変えるということが、秋山さんの言うデザインなんじゃない?

たま:問題解決するのもデザインだよね。目の前にある幸せな分野でなく、もっと解決しないといけないデザインもあるはずだよね。

そう:もし、さっきの事件とかだったら、「なんでいやな気持ちになっちゃっているのか」というところを解決しないと。とるの意見も正解だと思うけど、秋山さんが言ってるデザインというのは、前段階のところをちゃんとやらないと、結局その場しのぎというか。

たま:その場しのぎだと、人の心に響かないってこと?

そう:人の心に響いたとしても、それが長続きしたり、根本的なものを解決するデザインだけではないんだよって、秋山さんは言っているんだと思う。事件を起こしてしまう人、その人によると思うけど、親やまわりの人が怒らないといけないところは怒る、もしかしたら過保護にしすぎたことが原因になっているとか。

たま:そうか。

そう:「世界はデザインでできている」なんだけど、デザインはすべてにつながっているということなんだけど。でも、いま言ったようなことまでがデザインというのかは、わからないけどね。

とる:まあ、ライフデザイン、キャリアデザイン、エデュケーションデザイン、経営デザインとか、あちこちでデザインという言葉を使っているから、デザインといってもかまわないのかもしれないけどね。

たま:なるほどね、エデュケーションね。

とる:さっき、そうが「行動を起こさせる」ことをデザインするといってたけど、「行動を起こさせない」のもデザインなんだよね。そのために、気持ちをつくるデザインというのもあるかもね。

そう:そっちの方が難しいよね。

とる:うん、難しい。

たま:秋山さんはアートディレクターなんだよね。

そう:大きくなればなるほど、グラフィックデザイナーとして自分がなにかものをつくるんじゃなくて、ディレクターとしてコンセプトまで考えるんだよね。

たま:教授の片山正通さんなんかも、そう?

そう:片山さんも、インテリアデザイナーだけど、もはやディレクターだよね。


3. 我が家で本の帯をつくるとしたら?

たま:ありがとう。こんな感じで、感想文かけるかな。

そう:そうだね。要約として2つくらいに分けられるんじゃない?

たま:ほっほう、なになに。

そう:「1. デザインとはなにかということが確認できる本」と「2. それぞれの分野から共感できる本」という感じかな。

とる:いろいろなデザインがあるというのは「1」で、いろんな領域から共感できるというのは「2」。

たま:それは、お医者さん、看護婦さん、運転手さんとか、一般的にデザイナーと言われない人たちも「2」に当てはまるの?

とる:そうだと思うよ。

そう:そう思う。逆にそういう人たちの方が、これもデザインっていうんだ!という共感性が強いと思うよ。

たま:ああ、じゃあ「そういう人たちにも読んでもらいたい」というような帯をつけたらいいということか!糸井さんの秀逸な帯があるというのにね。

とる:そうそう。

そう:それがいいんじゃないかな。(ちょい無責任っぽく、もぐもぐもぐ)

たま:あと、読んだ直後、なんか言ってたよね。

そう:「2」の共感に入るかもしれないけど、「いい意味で当たり前で、ふだん何気なく考えていたりすることが簡単に言葉にされている本」と言ったっけな。

たま:デザインの世界に踏み込んで2年目の人がそう思うってことね。では、もうすでに “分かりやすさ”というステージは越えているだろうデザイン歴40年の人はどう?

とる:冒頭に言ったとおり「ああ、そうだよな」「そうそう、やってるやってる」「そうか、それもあったか」という感じで、やっぱり「2」の共感が持てたよ。

たま:では、ふたりのようにデザインに直接かかわっている人ではない、さっき挙げたような分野の人たちも、結局デザインをしているということでいいの?

とる:うん、そうなんじゃないかな。運転手さんが、気持ちよくお客さんを運んであげようとかも、デザインだからね。

たま:だから、そういう人もこの本を読むとわかる!(お箸を置いて拍手)

とる:そう、この本読めばわかるってこと。

たま:そうなると、さっき言ったような、イヤな事件というか、スピード違反とか飲酒運転も防げるとか、そういうことかな。

とる:うん。

たま:それじゃ、最後に。さっきも「そういう人たちにも読んでもらいたい!」みたいな帯案が出たけど、もう一回聞くよ?この本に勝手に帯をつけるとしたらどうする?

そう:「みんなだれもがデザイナー」。(ほこらしく、もぐもぐ)

たま:はやっ!即答だね。さっきの、バスの運転手さんも、みんなデザイナーということか。

とる:いいんじゃない?

そう:糸井さんに近づけたかな?

たま:夢、近づいたね。

たま:じゃ、とるの帯は?

とる:もう、そうので、いいんじゃない?「ひとは誰でもデザイナー」。(一文字ちがうけど?)

たま:もう「新鮮組」(新撰組でなくフレッシュマン)の勝ちだね。わたしはどうしよ。

そう:ダメだよ、たま、いつも考えすぎちゃダメって言うじゃん。なぜぼくはすぐ答えたかというと、ずっと思っていることだったんだよ。そもそもぼくはデッサンとか学んでこの世界に入ったわけではないから、すごくわかるんだよね。

たま:では、わたしの帯案は…「生まれた時からデザイナー」とか?

とる:やっぱり「みんな誰もがデザイナー」には勝てないよねえ。

たま:じゃあ「秋葉原から生まれたデザイナー」。

とる:人の紹介でなくて、本の紹介なんだよ、帯というのは。

たま:(まだあきらめない)じゃあ、憧れを…。

そう:たま、がんばれ。

たま:「憧れを持つ世界に生きろ!」みたいな。

そう:それは、たまが秋山さんを知ってるからの感情からじゃない?

たま:いや。憧れを持っていればデザインできる…というか。

そう:でも、デザインは、憧れでやるということじゃなくて、むしろそれを捨ててやらなきゃ。そういうことはあんまり書かれていないよ。(拍手!)

とる:たしかに、後半には、憧れであった糸井さんの話もあるけど、ほとんどは、自分はどうやってデザインを考えているかという話の本なんだよ。それも技法の話でなくて、何のためにデザインしてるんだっけ?という簡単な言葉で言ってるんだよね。やっぱり、そうの帯案が一番いいなあ。デザイン2年目のぼくがこう言ってますでいいんじゃない?

たま:ダメだね、やっぱりわたしたち考えすぎて純粋じゃなくなっちゃっているんだね。

とる:そうだ、デザイン歴2年目は、余計なこと考えてないんだね。

そう:いいんじゃない! (ふふん、ご満悦)

みんな:秋山さんの本よかったね。松山揚げのおみおつけおいしかったね、ごちそうさまでした!

おしまい(20:38)


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あとがきコッチョリーノ 

▶︎写真のトマトハンドは伊マルケ州の農園で働くウンベルトの熱い手です。畑をデザインする手として選びました。▶︎著者、構成者とのご縁に加えて、奇遇にもデザイン歴2年者は、著者が手がけたおさるキャラクター(本書P141)のほぼ日にお世話になっています。新生PARCOのほぼ日スペースでは、著者がパッケージを手がけた「カレーの恩返し」(本書P45)の販促も着々と進めているとかで。ほんとうに不思議なご縁。▶︎美大予備校の先生は「秋山くんの作品はカンペキッ!」「うますぎて大学が取りたがらないんだよ!」という降参ゆえの賛辞をとばすものの高校卒業したばかりのわたしには通じませんでした。しかし『アキヤマ平面構成』と呼ばれるほど彼の作品にはセンスが光っていてね。絶対ビッグになるから名前覚えておこうと思ったのですよ、先見の明。▶︎最後に、自身の眼識を問いたいのですが、秋山さんが手がけた「ほぼ日」のおさる、そのロゴを手がけた青木克憲さん(本書P142)は、もしやあの日の教室の、もうひとりの天才青木くん?(違っていたら消します)▶︎ああ、デザインって、とっても不思議。「イタズラの延長」(本書帯)を信じて、わたしもせっせと粘土をこねよう。さて工房にもどる。(なまいきコッチョリーノ たま)



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お礼に鳥の声を!
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書く陶芸家コッチョリーノ(地球のかけら)。90年代「イタリア陶芸修行」1999年「陶芸工房Cocciorino設立」2013年「ライター職をすて陶芸一本化」2013年より「旅する土鍋」スタート。以後、日伊を往復して土鍋で郷土料理の紹介など。WEB: tamamiazuma.com

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