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スーパーカーが我が家にやってきた日のこと

男の子は、車派か電車派に分かれるんですよと保育園の先生から聞いた。我が家の一歳児は、ものの見事に車派となり毎日「ブーブ」と言ってはミニカーに戯れている。家にいる時は常に両手にミニカーを一台ずつ持っていて、抱っこをせがむ時も決して離さない。寝る時も一緒である。

息子がミニカーの魅力にハマったのは、義母が彼にプルバックカーを買い与えた日が起点になった。

小さな手でミニカーを握りしめて、床にタイヤを何度も擦り付け、ゼンマイのエネルギーを溜め込み、勢いよく発射させて大喜びをしていた。他のオモチャに目もくれず、プルバックカーのタイヤが擦り切れるまで遊び続ける息子を見て、こんなに喜んでくれるならとメルカリでチョロQの中古を探した。

千円で12台セットのチョロQを注文し、息子の目の前で広げて見せると、息子は歓声をあげて喜んだ。ただ、中古で頼んだチョロQはタイヤの劣化が進んでいて、すぐにタイヤが壊れてしまった。12台もあったのに、乱暴にタイヤを痛めつける一歳児のパワーには敵わなかったのである。私は壊れたチョロQを次々と息子から取り上げ、息子に大顰蹙を買って、泣いて叫ばれ、悪者になった。

丈夫なミニカーを探そうと思った。調べれば調べるほど、子供向けのミニカーとしてはトミカが優秀であることが分かった。絶対的な王者である。大人向けのリアルなミニカーは数千円、数万円もするけれども決して丈夫ではない。精巧な作りで、繊細にできている。子供が投げつけたりしたら壊れてしまうだろう。むしろ高級なミニカーを買って、秒で息子に壊されたら泣いてしまう。大号泣だろう。その点、トミカは安い。一台五百円程度、トミカプレミアムでも一台八百円程度だ。amazonで買えば、35%オフがザラに出ている。

「フェラーリのディーノがいいと思う。他にどれが良いと思う?」と夫が私にiPadの画面を見せて、息子に買うトミカを選ぼうと誘ってきた。なんでもない、普通の日。特別な事も何もない日のプレゼントだ。トミカプレミアムというシリーズを知ってしまったが故に、買わずにはいられない衝動に夫も私も突き動かされていた。息子の喜ぶ顔を見たかったのだ。

「トヨタ2000GT、かっこいいね」と私が言うと、夫が自分もそう思うと言ってポチッと購入ボタンを押す。もっと選ぼうと夫が言うので、二台で十分じゃないかと私は言う。でも、もう一台あっても良い。画面をスクロールしながら、キャデラックのピンク色のエルドラド・ビアリッツを買い物カートにポチりと追加した。注文完了の知らせは、ホクホクと心を温めてくれる満足感があった。

翌日三台のスーパーカーは届いて、すぐに開けられるようにピッタリとガチガチに固められたビニールのパッケージを外した。息子が保育園から帰ってくるのが待ち遠しかった。どんな顔をして喜ぶのかなと、絶対動画を撮ろうと夫婦で心待ちにした。

息子は保育園から帰ると、お絵かきスケッチブックを取り出した。夫がスマホで動画の撮影準備をして、私が「ジャーン」と言って、トミカプレミアムの箱を三台分息子の前に見せる。すると息子は、スケッチブックを放り出して「あっ!あっ!あっ!」と大きく目を見開いて、小型犬がキャンキャン叫んでオヤツを催促するかのように私の膝下に駆け寄ってきた。勢いで私の手元から箱を一つ奪っていき、息子のミニカーへの情熱を感じた。

夫が「あーけーては?」と言うと、息子は声を裏返して「あ、け、て」と言った。私が赤いフェラーリのディーノを息子に手渡すと、すぐにディーノを掴んだまま他の箱を指さして「あ、け、て」と言った。ピンクのキャデラック、エルドラド・ビアリッツを箱から出して、渡してあげると両手からミニカーを床に置いて、最後の一箱を私に手渡して、また「あけて」と興奮のままに求めてきた。「あけて」という言葉を覚えて、彼に馴染んできた成長もまた嬉しかった。

箱から開けられた三台のスーパーカーを手に入れた息子は、チョロQを走らせるようにタイヤを床に擦り付け、勢いよく車を走らせた。サスペンションがついているからか分からないが、とにかく滑りが良くて、綺麗に走る。

調子に乗ってきた息子は、「きらきらひかる」を歌いながら、スーパーカーたちを何度も走らせた。両手に車を握りしめて走らせて、「ブオーン!」と口で元気よく効果音をつけて、無邪気に遊んで、興奮する姿が嬉しかった。子供の喜ぶ姿が私たち両親にとっての心のご褒美なのだと思った。

なんでもない日に買った三台のスパーカー、トミカプレミアム。息子が箱を「あけて」と三回裏返った声で頼む動画は我が家の宝物になった。そして、この時の幸せな気持ちも、私たち夫婦の大切な記憶として残ってほしいと思った。これから子育てをして生きていく上で、この時感じた幸せが、また何度もやってきて欲しいと思った。

仕事や将来のことを考えると、どうしても不安に押しつぶされそうな瞬間がやってくる。底の見えない不安と恐怖、自己嫌悪に沈んでしまいそうな時、確かに幸せを感じた思い出がきっと私を助けてくれるのではと思った。

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