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息子が初めてバスに乗った話

我が家の2歳の息子が1日で一番繰り返す言葉は「バス」である。うまく発音できず、時々「バシュ」になるのがまた可愛らしい。車が大好きな息子は次々と車の種類を覚えていき、ブーブから始まり、バス、ピーポ(緊急車両)、アック(トラック)、しーしーしゃ(ゴミ収集車)と車の語彙を増やしている。その中でもとりわけ発言率が高いのがバスだ。

保育園までの送り迎えはマイカーなのだが、車の窓からバスを一生懸命探して、毎朝、毎晩「バス!バス!」と喜んでいる。オレンジ色のバスを見つければ、「ジンジン(にんじん色)! バス!」青色のバスを見つければ「あおい!バス!バス!」と大変嬉しそうである。保育園の連絡ノートにもお散歩でバスを見つけては保育士さんにわざわざ教えてくれるそうだ。家に帰ればバスのトミカに夢中で、視界からなくなれば「バス! バス!」と必死になって探している。

普通の車ではなく、バスが一番良いのだ。バスしか勝たん。そんなにバスが好きなのかと思うと、これはもうバスに乗っけてあげるべきと思うのであった。週末は普段車で行っている近所の公園にバスで行ってあげよう。そう思った。

夫と相談してバスツアーのコースを決めた。朝9時ごろに自宅から歩いて10分くらいのバス停から公園の遊具広場までバスで行き、2時間ほど公園で遊ぶ。11時くらいに同じバス停から駅までバスに乗り、駅近のレストランでお昼ご飯を食べてタクシーで自宅に帰る。こんなプランだ。

土曜日の朝が来て、「今日はバスに乗るんだよ」と息子に言うと、言っていることが分かっているのか判断できないけれど、息子は「バス!バス!」と嬉しそうにバスを復唱していた。9時前には着替えて、外に出る雰囲気がすると息子は靴下を自分で履こうとして、やる気一杯だった。さて外に出ようとマンションのドアを開けると、途端に抱っこちゃんになってしまい、大人の足で10分くらいかかるバス停までずっと夫に抱っこされっぱなしだった。

バス停に到着して、時刻表の前で息子を抱っこから降ろして、「ここでバスを待ってるよ」と話してあげる。息子は相変わらずバスバスと元気よく唱えている。時刻表の下にはバスの運行順路が描かれていて、その道を指でなぞりながら「バス〜」と楽しみにしているようだった。

「バス来たよ!」
予定時刻を少し過ぎてバス停に向かってくるバスが見えて、私がそう言うと、息子はバスに釘付けになって指をさし、「バスー!」と大興奮だった。私と夫は初めてバスに乗る息子の様子をスマホで撮影した。いざバスが停まると息子は固まってしまって、乗って良いものかもわからず、夫に抱っこされたままバスに飛び乗った。バスの乗客は他におじいさんが一人いるくらいで、子連れ、障害者用の優先席はガラ空きだった。

私がPASMOで料金を支払うと、息子はバスの中央に立ちすくんで、戸惑っているようだった。夫と私は優先席に座って、黙って立っている息子を見守っていたが運転手さんから「危ないから座ってください」と一言があったので、慌てて息子を抱き抱えた。私のお膝の上にちょこんと息子が座る形でバスは発車した。

バスが発車すると、息子の眼差しは真剣で、バスの窓をじっと見つめて黙っていた。膝の上から窓を見る息子の瞳は真っ直ぐで、キラキラしていた。興奮を小さな体に秘めていて、静かに情熱を燃やしているようだった。その横顔はとても美しくて、晩秋の朝の光に照らされた幼いまつ毛の影が印象に残った。停留所を2つ3つ過ぎると、また「バス!バス!」と小さく呟き始め、バスに乗っていることを喜んでいるようだった。

「次で降りるよ」と息子に言って、次で降りるボタンを一緒に押すと、ボタンが一斉に赤く点灯して、「次、停まります」のアナウンスが聞こえる。息子は驚いて、何度も次で降りるボタンを押すけれども、今度は何も変化しないで不思議そうな様子だった。

公園の遊具広場に着いたので、息子を抱き抱えてバスから降りると、息子は走り去っていくバスを眺めていた。「バス乗ったんね。また帰りに乗れるからね」と私は息子に声をかけて、息子と手を繋ぎ公園に向かった。帰りのバス停の場所を確かめて、時刻表の写真を撮る。

毎週末車で通っている公園にバスで来る新鮮さがあったけれども、いつもの遊具広場にやってくれば息子はいつも通り遊んでいる。アスレチックを登り、滑り台を滑って、繰り返し遊んで笑っている。ただ、いつもと違ったのは、ほんの30分ほど遊んで私の手を引いて別の所へ歩いて行ったのだ。「こっち!」と息子は私と夫を引き連れて、たどり着いたところはバス停だった。ここで待っていればバスに乗れることを覚えた息子は「バス!バス!」とバスの停留所の時刻表を指さして、さあこれからバスに乗ろうと私たちを誘っていた。

公園に来てから30分くらいしか経っていない。時刻表を見ると後数分で次のバスが来るけれども、今バスに乗ってしまったら駅に10時くらいに着いてしまう。駅近のレストランでお昼を食べる予定だったから、あまりにも早い。

「バスは後1時間くらいしたらまた乗るからね」
「まだバスは早いんだよ。後1時間くらい公園で遊んでからね」
夫と私は息子に語りかけ、無理矢理抱っこをしてバス停から息子を遠ざける。息子はバス停と引き離され悲しそうに「バシュ〜!」と泣き叫んだ。バスに乗れたことが本当に嬉しかったんだなと思いつつ、せっかく公園まで来たのだから遊んで欲しい気持ちもあり、元々遊んでいた遊具広場まで息子を連行した。

息子の頬には涙の跡があって、秋風で乾いていく。公園の木々は紅葉が始まっていて、雲ひとつない空から降り注ぐ太陽の光は柔らかくて、とても平和な心地がした。夫と私の間に息子がいて、息子の両手は私と夫の手に繋がれており、親子三人が横になって並んで歩く姿の影を見て、これが幸せの形なのだと思った。

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