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幾つになっても自分に驚く瞬間がある


今年最後の近代文学と一花一葉講座は、満員御礼で幕を下ろしました。本と花の神様がくれたギフトだったのかもしれません。

来てくださるのは才気溢れる方々ばかりで、話題も豊富でなんて楽しいこと!

例えば、今回は朗読のプロフェッショナル飯島晶子さんが即興で、宮沢賢治の序文を情緒たっぷりに読み聞かせてくださいました。
賢治のピュアな心が紡がれている序文は、まるで宝石箱のよう。

わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃ももいろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗らしゃや、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
 わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹にじや月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾いくきれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。

  大正十二年十二月二十日
宮沢賢治

それから「やっと本が出来上がりました!」と、ホヤホヤのエッセイ本を持って来てくださった方。確か、9月にいらした際には、「なかなか書けなくって〜」ともがいていらしたはず。あれからわずか3ヶ月で誕生させたなんて、なんというバイタリティーでしょう。

「今回のお菓子は椿」

文学は敷居が高いと多くの方は思い込んでいるようです。「場違いだったらどうしようと思いました」そうおっしゃる受講生の方もいらっしゃいます。

この講座に関しては、読んだことないけれど、作家の名前は知っているという程度のことで全く問題ありません。というか、ほぼそのような方ばかりで、純粋に近代文学の面白さに触れて楽しまれているようです。

それと、江戸時代から続く老舗の和菓子を頂くのも楽しみの一つです。

文学の世界に触れて、花と向き合い表現をしてみる。それは、新しい自分を発見するようなものです。

普段の生活の中で邪魔者扱いし、蓋をしておいたアーティストの顔がそっと覗く瞬間だからです。

アーティストには生きにくい世の中だから。

でも、本当は誰もが生まれた時から持っている無邪気で素敵な顔です。

そんな素敵な顔を忘れてしまわないうちに、そっと覗かせに来てください。

来月は、萩原朔太郎「月に吠える」。
1月12日(木)、1月21日(日)開催です。


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