見出し画像

「アンティゴネー」ソフォクレース〜私は何に従いたいのか〜

 
 中学生の時、私が人生で初めて読んだ文庫本が「アンティゴネー」でした。家に本がなく専ら児童図書館で借りて読んでいた私は、それまでなぜか「文庫本は大人になってから読む物」と信じ込んでいました。ところが、中学生になって学校の図書室に文庫本がたくさん並んでいるのを目の当たりにして「えっ!文庫本って、大人じゃなくても読んでいいんだ!!」と驚愕し、早速記念すべき人生初の文庫本選定作業に取り掛かったのです。最初から挫折したら幸先が悪いので、なるべく薄いもの。そして、小さい頃から憧れていたギリシャを舞台にしたお話ということで、家から少し離れた公立図書館に置いてあった「アンティゴネー」に白羽の矢を立てました。芝居作品のため、台本のようにセリフ形式で書かれているのも新鮮で、まさに大人の階段を登っている気分にさせられました。文庫本の軽さや紙の薄さ、文字の小ささなどにワクワクしつつ、読了したのを覚えています。

 タイトルロールのアンティゴネーは、亡き前王オイディプスの長女です。戦死した兄の埋葬を禁ずる王・クレオンに反してアンティゴネーは彼の死を弔い、クレオンは彼女を死罪として地下に閉じ込めます。アンティゴネーは餓死を待たずに自ら首を吊り、許嫁のハイモンも彼女の後を追います。

 最初に読んだ時、中学生当時の私は「自殺=やってはいけないこと」と学校で先生が周知していたので、なぜアンティゴネーが自死を選んだのか、にずっと焦点を当てて考えていました。クレオンが心変わりしない限り、アンティゴネーは待っていても死ぬばかりです。ただ、クレオンはたとえ身内であっても法に則って死罪にすると決めたのであり、示しづけのためにその決断を翻すことは考えにくい状況です。なぜ彼女は自ら手を下してまで、死期を早める選択をしたのでしょうか。私なら、何か奇跡が起こるかもしれないと心の片隅で思いながら、動けなくなるのを待つことしかできません。

 しかし、力尽きて倒れてしまうという受動的な選択は、クレオンへの敗北と同義だと言えます。そうならないために、アンティゴネーは、自分の心に従い、積極的な選択をしたのだと思います。

 私にとって、社会の秩序ではなく自分の中にある倫理に基づいて行動するのは、社会人になってから難しくなったと感じます。学生時代までは、自分の心が自分の判断基準の支柱でした。学校や先生の言うことがおかしいと思ったら強い気持ちを持って反論でき、そこに迷いや咎めはありませんでした。でも、社会人になってから、私の行動は秩序に従うことが主軸になってしまいました。そこには「ここを辞めたら生きていけない」と言う強迫観念があり、後ろにある家族の生活を考えれば「いかに波風を立てずに毎日やっていくか」が自分の中で最重要命題となっているからです。何年間か社会人として過ごして、昔の様にはっきりと信念に従った行動ができない自分が惨めになった瞬間がたくさんあります。しかし、「大人になったってことだよ」と言うセリフは、私は好きではありません。いつになるかはわかりませんが、死ぬまでにきっと、自分の心で判断する自分を取り戻したいです。


この記事が参加している募集

#読書感想文

189,685件

#海外文学のススメ

3,243件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?