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暗くする暗闇

 暗闇は自分までもを深く深く暗く染め上げてしまう、Nはそう思った。Nは暗闇が好きだ。あの自分を包み込んでくれる静かな闇が好きだ。昔からそうだった、Nは小さい頃には靴箱によく隠れてそのまま眠ってしまったり、押し入れで寝るんだといって母を困らせたこともあった。さすがに大きくなってからはわきまえることを覚えたが、Nの中では暗闇への憧れは何ら変わっていない。

 今の生活もそうだ。Nは昼のあの日差しの輝きが自分を見下しているようで嫌いで、だから働く時間は決まって夜にしている。夕方に家をでておかしな話だが、コンビニで朝ご飯を買って、そのまま夜の仕事へ向かう。この生活でもいいことはある。どんな仕事でも夜に行う仕事は軒並み賃金が高い。これはNにとってはうれしい誤算だった。

  昼前には家に帰ることができ、そこからは家を出ることはない。Nは家ではもっぱら天井裏にいる。そこは風呂場の天井のある部分を押し上げると広がっている普通なら人が住むなんて考えられない空間だ。おかしいと思うかもしれないがNにとってはここの暗さが自分に一番の安らぎを与えてくれるのだ。休日も天井裏からほぼ出ない。休日は唯一Nが光を浴びなくていい至福の日だ。

 ただNには少し困ったことがある。それは家にほぼ毎日侵入している人がいることだ。いつからかはわからない。気がついた時には彼女はそこにいた。彼女はNと入れ替わりのような生活を送っている。まあつまりは一般的な生活だ。朝起きてどこかへ行き、夜に帰ってくる。おそらく仕事なのだろう、こんな迷惑な人でも仕事をしなくては生きていけないのだから、Nはそう思っていた。普通ならNは彼女を家から追い出していただろう。しかしNには彼女を家から追い出さない理由があった。彼女は魅力的な人だった。Nの天井裏からは下の部屋のすべてを覗くことができる。そこからNの瞳に映る彼女の一挙手一投足がNを高ぶらせた。彼女はここを空き家だとでも思っているのだろう。Nはこのひそかなで不思議な同居生活を楽しんでいた。Nはいつも彼女が自分以外に人がいることに気がつかないよう生活のすべてに細心の注意払っている。彼女が驚いて出て行ってしまえばそれはNにとっても彼女にとってもそれは不幸と言えるだろう。入浴も銭湯に行くし、洗濯はコインランドリーで済ます。こんな煩わしい生活でさえNにとっては彼女と居られなくなるよりかは些細なことであった。


 Nはその日クタクタだった。仕事で慣れないことをやらされたせいか、何も考えたくないほど疲れていた。昼前に家につき、いつもなら銭湯に入浴しに行くのだがそこまでの道のりが耐えられなかった。今日は家のシャワーにしよう。Nはシャワーを浴び終えると、丁寧にタオルで浴室の水気をふき取った。もちろんこんな時でも彼女への配慮は忘れてない。浴室の水気をふき取ると、湿気を飛ばすために換気扇を回した。そしてしばらく寝ようとまた天井裏に引きこもった。


 Nは数人の男の声と物音で目を覚ました。どうしたんだと、天井裏から下を覗くと数人の警察官が彼女と話していた。ああ、とうとう彼女がここに住み着いていることがばれたのだなとNは思った。Nは落胆したが、それもつかの間だった。天井裏に鋭い光が差し込んだ。そして懐中電灯でNを照らした警察官はこういった。
「見つけたぞ。住居侵入罪で現行犯逮捕する。」

 換気扇はそしらぬ顔で静かに音をたてて回っていた。

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