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ホワイトデイに降るもの

その日は春が一旦遠のくような寒さで、雪が降っていた。

ホワイト•ホワイトデイ

希望(絶望)のような絶望(希望)が降る日

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僕たちは関西のとある街の中高一貫校に通っていた。

全校生徒は約600人。各学年100人程。1学年は3クラスで構成されていた。共学であるが、元々女子校だった影響で女子が8割くらいを占めていた。

そしてうちの学校は進学校であった。

他所の進学校と対して変わりもない、進学校らしい進学校。

ただ一つだけ面白い制度があった。

うちの学校では高校生と中学生がバディを組む。

中学1年生と高校1年生、2年生は2年生という形だ。

そして先輩の高校生は後輩の中学生に勉強を教える。人に教えることが1番学習が定着するからという、校長先生の考えらしい。

この制度?のおかげで、先輩後輩の交遊の輪は広がった。

よくバディ同士のカップルも誕生していた。付き合うこと自体は先生達に黙認されていたが、成績が著しく下がると、別れさせられる圧力が強くなるので、付き合っても皆必死に勉強した。

俺の高校1年生の時のバディは日和(ひより)という女の子だった。日和は真面目な進学校においても特段真面目で、地味で1人を好む子だった。

休み時間も勉強か読書をしている子だった。

ああ、そうそう俺は爽馬(そうま)って名だ。どうやらイケメンに分類されるらしい。この学校のイケメングランプリで優勝したこともある。俺的には顔よりもこの明るくて誰とでも親しくなれる性格を評価してもらいたいのだが。

勉強も運動も好きだけど、人と話すことが好きだから、まあ所謂クラスの人気者ってのになっている。

そんな俺のバディが誰になるのか、皆LINEで色々と憶測していたみたいだ。

日和がバディの相手に決まった時は、誰その子?って、まあまあLINEが荒れたみたいだ。

バディの時間は毎日7限目だ。通常の授業が6限までで、そのあと課外活動と称してバディ活動が始まる。

先輩である高校生が、後輩である中学生のクラスに訪問して授業スタートだ。(バディ活動初日あるあるとして、中学生のころのクラスに入って、うわ〜懐かしい。この席で授業受けてたわ、って言う奴が10人はいる)

俺もわざとらしく、懐かしいな。日和ちゃん、俺は日和ちゃんの席で授業受けてたんだよ。って言い、会話の口実とした。

日和ちゃんは俯き気味に、そうですか、、と返してきただけだった。

あきらかに緊張しているのがわかった。

だけどあえて緊張してることには触れずに、勉強を教えることに専念した。

勉強を教えていると、日和ちゃんの性格を少しずつ理解できた。

素直だが頑固。相反するようだがそんな性格だ。ほとんどの事は素直に聞いてくれるのに、自分の解き方が正しいと思うことに関しては頑なに、その解き方を変えようとしなかった。

「日和ちゃん、この問題はこう解いた方が後々応用も聞くよ。」

「いいんです。私はこの解き方が好きなんです。」

そうやってほとんど雑談もせず、勉強を教えることに専念して半年程経った。

日和ちゃんが突然

「爽馬先輩、今日も空が終わりそうですね」

って言ってきた。

恐らく夜になって暗くなることを「空が終わる」と例えたのだろう。

俺は

「ああ、空が終わりそうだね。だけどまた明日になれば空は始まるんだ。終わらせたと思ったことがまた始まってしまうってどんな気分なんだろうね。」

と返した。

日和ちゃんは目を微かに大きくしちょっと驚く仕草を見せ、クスッと笑った。

この会話をきっかけに、ポツポツと雑談も交わすようになってきた。

バレンタインデイが来る二月、日和ちゃんが唐突に話始めた。

「爽馬先輩って、モテてるんですね。クラスの女子の大半が、どうやって先輩にチョコあげようか話してましたよ。」

「ああ、そう。チョコ好きな俺としては、チョコなんてなんぼあってもいいですからね。(もう使い古されかけているミルクボーイのネタを入れてみる)」

「女の子達は、先輩がこんなにギャグセンない事に気づいてるのかな。ミルクボーイ好きですけど、芸人さんのネタを会話に入れると、大体すべるんですよ。私たち進学校生にとって、すべるのは御法度ですよ。」

「おお、うまいこと言うな。ミルクボーイのこと知ってくれてるだけで嬉しいな。日和ちゃんからのチョコもなんぼあってもいいですからね。」

「滑り倒しな人にはあげません。」

「くー日和ちゃんは厳しいな。」


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バレンタインデイ当日、沢山の女の子からチョコを貰った。

しかし、宣言どおり日和ちゃんからは渡してもらえなかった。サプライズでくれるかと思っていたが、その日のバディ活動も他の日と変わらずに終わった。

なぜか少し残念な気持ちになった。


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バレンタイン翌日からの俺はこう揶揄される。

『ニキビ王子』

ついつい貰ったチョコを食べ過ぎてニキビができてしまうのだ。毎年のことなのに学習しない。ただこのニキビ、私のチョコをちゃんと食べてくれたんだ、の証になっている。

女の子の想いに答えられないことに罪悪感もあるので、せめてチョコを堪能して、作って渡してくれた想いに報いるつもりでもあった。

これが功を奏して年々貰うチョコの数が増え、ニキビの数も増えていった。

「このままいけば来年はニキビ王様に昇格かな。」

そう日和ちゃんの前でつぶやいた。日和ちゃんはちらっとこちらを見たが、すぐに問題集に視線を戻した。


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バディを組んで一年も経ったころには、日和ちゃんと俺は雑談も自然にできる仲になっていた。関係性は後輩と先輩で変化無しだ。

だが俺の日和ちゃんへの想いは少しずつ増していた。

日和ちゃんからのチョコが欲しい。

意識しだすと、急にバレンタインの話題を出すのも恥ずかしくなった。去年みたいに冗談みたいに、チョコちょうだい、なんて口が避けても言えない。

日和ちゃんは相変わらずバレンタインを気にする素振りも無く、こだわりの解き方で問題を薙ぎ倒している。

それでも仲は良くなっていたのは確実なので、少しだけ期待していたが、高校二年の今年も案の定、大量のチョコの中に日和ちゃんのものは無かった。

落ち込んだが、それでも例年通り、チョコは沢山食べ、ニキビ王子になってしまった。


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バレンタインデイの数日後のバディ活動時。

日和ちゃんが俺のニキビ姿を見て、呆れ顔だ。

「爽馬先輩、いい加減学習したらどうですか?毎年毎年ニキビ作っちゃって」

「いいんだよ、チョコは好きで食べてるんだし。くれた子の想いにも答えてあげなきゃ悪いだろう」

「そうですね。先輩は優しい人です」



そう言って筆箱の中からこれを取り出し渡してくれた。

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「これでも塗って早く治してください。じゃないと先輩の爽やかな顔が台無しですよ。」


「え?これくれるの?日和ちゃん、ありがとう」

なんとも本格的なニキビ薬だ。こんな薬をくれる日和ちゃんこそ優しい人間だよ。この時は本当に嬉しかったし、トキメキが飛び出しそうだった。

そして効果もバッチリだった。このニキビ薬を塗ったおかげで、すぐにニキビは、おさまった。

だけど俺の想いは、おさまらなくなってしまっていた。

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ニキビ薬を貰って数日後のバディ活動時。

「日和ちゃんから貰ったニキビ薬のおかげですぐにニキビ治ったよ。本当助かったよ。」

「みたいですね。先輩のお役に立てて光栄です。」


「たださ、日和ちゃん、来年はニキビ薬じゃなくて、日和ちゃんからのバレンタインチョコが欲しい!他の子のチョコは無くていい!」


「、、、先輩、それどういう意味ですか?」


「、、、それは、、、来年でお互い高校三年、中学三年。バディを組むのも最後の年だろ?だから最後に日和ちゃんのチョコ食べてみたいんだ。」

この時正直に好きだからって言えなかった。

「わかりました。先輩にはお世話になりましたし、考えときます。」

この会話のやりとりの後数週間は微妙にぎこちない感じだったが、ホワイトデイも終わる頃には普段の二人の関係に戻っていた。

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そしてあっという間に日和ちゃんと出会って三度目のバレンタインデイがきた。

日和ちゃんは、あの時の約束どおり、俺にバレンタインチョコをくれた。その辺のスーパーで売っている、一目で義理チョコとわかるチョコを。

まあそうだよな。日和ちゃんにとって俺はあくまでバディ。勉強を教えてくれる先輩にすぎない。

だけれども、これでいいんだ。

これでやっとホワイトデイに遊ぶ口実を作ることができるのだから。

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日和ちゃんからバレンタインチョコを貰った翌日のバディ活動時。

「日和ちゃん、昨日はチョコありがとう。めちゃくちゃ美味しかった!それでお礼と思い出つくりも兼ねてホワイトデイの日、ケーキ食べ放題のお店に一緒にいかない?」


「爽馬先輩、本当に甘党なんですね。私もケーキ嫌いじゃないので良いですよ。」


「うん、じゃあ決まりだな。そしたらホワイトデイの日、あの観覧車が周るビルの下で待ち合わせしよう。」

その約束を取り付けてからの約1か月ほど時間の経過が長く感じたことはない。ガラにも無く、カレンダーにバツ印なんかつけちゃったりして。

ホワイトデイ、日和ちゃんと遊びに行ける日を心待ちにしていた。

その日、俺の気持ちを精一杯伝えよう。

大好きだって気持ちを。

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そしてホワイトデイ当日。この日は三月には珍しく雪が降っていた。その影響で待ち合わせ場所に向かう電車が遅延した。日和ちゃんに少し遅れると連絡し、電車が動き出すのを待ち侘びた。

手持ち無沙汰だったので何気なしにSNSを見た。

とあるつぶやきに目がとまった。

若い女性が、自殺した男の巻き添えになったみたい。あれじゃ重症どころじゃ済まないかも。死ぬなら誰の迷惑にもならず死ねよ。#自殺 #観覧車

そのつぶやきには現場写真が添付されていた。

その事件現場はどう見ても俺と日和ちゃんの待ち合わせ場所だった。

(そんな偶然無いよな?)

心配になったので、電車の中だったが日和ちゃんに電話したが、繋がらない。

嫌な予感が増していき、背中は冷や汗でぐっしょりだ。

とにかく待ち合わせ場所に行ってみるしかない。

日和ちゃんの無事を祈りながら、待ち合わせ場所に向かった。

待ち合わせ場所は、救急隊員や警察、マスコミや野次馬でごった返していた。人の波を掻き分け、事件現場になった待ち合わせ場所の目の前まで来た。

そこには知らぬ男と、その下敷きになって血だらけになっている女の子がいた。

血に染まっているが、どう見ても日和ちゃんだった。

俺は日和ちゃんに触れようとしたが、警察に取り押さえられた。

「これ以上奥には立ち入り禁止です!」

「俺の知り合いなんだ!まだ生きているかもしれないだろ!早く病院連れて行くんだ!そこをどけよ!」


「、、、そうなのか?でもお前もよく見たらわかるだろう。もう手遅れだ」

そんな、そんな馬鹿な話があるか。俺が誘わなければ、俺がこの場所を指定しなければ、その男がその日この時間に自殺しなければ、雪さえ降らず俺が先に待ち合わせ場所についていれば、日和ちゃんは死なずにすんだのに。

そんな馬鹿な話があるか。

くそっ!くそっ!!なんでなんだよ。

なんで日和ちゃんが死ななきゃいけなかったんだよ。

俺はその時どこにもぶつけられない怒りを地面にぶつけるしかなかった。拳が血まみれになるまで地面を叩き続けた。くそっ、くそっ


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その事件から数日が経った。

自殺した男の身元が判明してもよい頃だったが、身元は分からなかった。

数ヶ月経っても分からなかった。

男の特徴は、肥満体型、肌は白く、髪はボサボサ。遺書も無かった。

警察はこれらの特徴も踏まえて、この男は身よりの無いニート。人生に嫌気がさして突発的に自殺したと結論づけた。

それで捜査は打ち切りだ。

つまり日和ちゃんの死は完全に無駄死に。

誰も罪を償う人がいないのだ。俺を除いては。

俺が一生かけて償っていくしかない。

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それから俺は人が変わった。なんとか高校は卒業したが、大学にも仕事にも就かず、家で日和ちゃんを償い続けた。

償い続けて数十年経過した時には完全に頭がおかしくなっていた。

日和ちゃんが俺を呼ぶ声がしたのだ。

「爽馬先輩。今年のホワイトデイに、あの場所で待ってます。」

「ああ、日和ちゃん、行くよ、約束の場所へ」

あの事件が発生してから20年後のホワイトデイ。

俺も20年ぶりにあの場所に来た。

少しだけ見える景色が違うが。

そう俺は今、観覧車のあるビルの屋上にいる。

日和ちゃんの声がここからするからだ。

待ってろ、日和ちゃん。もっと早くこうすべきだったんだ。

俺もここから飛び降りて君の世界に行くよ。20年も待たせてごめんな。

なんの恐怖心もなかった。むしろこれで日和ちゃんに会える幸せに包まれていた。

幸福感に包まれながらビルの屋上から落ちていく。

走馬灯ってあるんだな。

時間があの日、ホワイトデイを待ち侘びた時のように長いな。

そして光に包まれた。

光が消え、目を開けると、目の前にあの日の日和ちゃんがいた。


全てを悟った。


あの日、日和ちゃんを巻き添えにした男は俺だった。

原理などわからぬ。だが断言できる。

日和ちゃんを殺したのは俺だ。

絶望の底まで味わったつもりでいたが、まだ絶望を上乗せしてくるんだな。

真実の絶望を実感した時、俺の体は日和ちゃんに初めて触れた。

俺を見上げる日和ちゃんはなぜか笑っていた。

終わり






















ここまで読んでいただきありがとうございます。