しゃべるピアノ

ミンミンと冬の蝉が鳴いている。蝉は夏に鳴くもんだ。そっちの世界ではそうだったな。でもこっちはこれが普通。そしてピアノがしゃべるのも普通。人間みたいに流暢じゃないぞ。ドの位置を鳴らすと「イエス」ってしゃべり、レだと「ノー」と言う。それくらいのもん。

俺は落ち込んだ時によくピアノを弾く。

「この仕事続けて大丈夫かな」と話しかけながらドを鳴らす。そしたら「イエス」って全肯定してくれて、それで悩みなんて一気に無くなってしまう。

悩みがこんなに簡単に無くなるくらい、人間も容易く亡くなる。同期の林田が電車に飛び込んで死んだ。激務が原因だ。俺は同じ境遇だから林田の気持ちを一番理解してやれていると思っていた。だけど何もわかっちゃいなかった。

林田の訃報に頭がぐちゃぐちゃになった。

気づいたら俺はピアノを叩いてた。

ミの鍵盤ばかり叩いてた。

そしたら俺のエンエン泣く声も混ざって

ミンミンと外で鳴く冬の蝉のようになった。

ミを叩くとピアノはこう喋る。

「なんで、なんで、なんでなんでなんで...」



終わり

#ショートショートnote杯

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