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自然光で日高理恵子の「空」を見る

 家村ゼミ展2023『空間に、自然光だけで、日高理恵子の絵画を置く』が、多摩美術大学八王子キャンパスのアートテークギャラリーで開催されている。展覧会名のごとく、人工照明を用いずに絵画を自然光のみによって見せている。同ギャラリーの4つの部屋に展示されている日高理恵子の作品は計5点。それぞれに、異なる姿の樹木が描かれている。同ギャラリーにある複数の大きなガラス窓からの採光の下で、それらの絵は空間に溶け込んだかのように存在し、自然の美しさを放っているようにも感じられた。

左から、日高理恵子《空との距離ⅩⅢ(Distance from the sky ⅩⅢ)》《空との距離ⅩⅣ(Distance from the sky ⅩⅣ)》 ともに2017年 麻紙 岩絵具 各240✗240cm 展示風景 撮影=小川敦生

 2013年と2017年に制作された2メートル大の作品計3点には、《空との距離》という共通のタイトルがついていた。そのうちの1点には葉が生い茂った木が、2点には葉を落とした木が描かれていた。タイトルに「空」という言葉があることから、樹木の真下に立って見上げた様子を描いているのだろうと想像がつく。日高は樹木だけでなく、実はその奥にある「空」を表現していたのだ。

日高理恵子《空との距離Ⅸ(Distance from the sky Ⅸ)》 2013年 麻紙 岩絵具 各200✗200cm 展示風景 撮影=小川敦生

 離れた展示室に掛けられていた2メートル大の《樹(Trees)》と題された1枚は、1983年の作品だった。寄り添うように群生した十数本の木々が、少し離れた位置から描かれている。別の部屋には、その作品のスケッチと思われる20センチ大のドローイングが密やかに展示されていた。これらはまさに樹木を描いた作品だ。ひょっとすると、20年の間、樹木を描く中で、日高は「空」を発見したのかもしれない。
 この展示空間では樹木を描いた日高の絵画はとても自然に目に馴染んだ。樹木は多くの場合、自然光の下で見るものだからだろう。そもそも「空」は、自然光の本質である。そうか、空から降ってくる光で「空」を見ることを意図した展覧会だったのか。なぜ日高の作品を自然光の下で見せようとしたのかがようやくわかった。(岡村瞳、小川敦生)

日高理恵子《樹(Trees)》 1983年 麻紙 岩絵具 各207✗180cm 展示風景 撮影=小川敦生

【取材した記者の寸評】
▼芸術は空白という要素と蜜月的な関わりがある──新たな気づきだ。アメリカの作曲家ジョン・ケージの楽曲『4分33秒』が「沈黙=告白」を作品の表現として機能させたように、この展示空間には「空白のヴォリューム」があり、そこに「自然光」が融合することで、鑑賞体験の揺らぎが生まれていた。明るい印象、暗い印象、また時にはうごめくような樹木の存在を感じた。そして圧倒的な没入感が、それらの印象の中に内在していた。(伊藤華)
▼窓から入る自然光だけで展示されていた。絶妙な光と影のコントラストが、作品に新たな魅力を加える。そして、天候や時間によってその表情が変わる。訪れるたびに違った印象を受けるだろう。この展示では、光を通じて自然とアートが結びついている。特に窓のない展示室にあった小さな作品が印象深かった。近づいて鑑賞するも、逆に広い展示室の中央に座って見るもよし。魅力的な鑑賞体験をもたらしていた。(岡村瞳)
▼展覧会の中で見逃しそうになった作品が1つあった。それは一番大きな展示室の手前、唯一窓がない部屋の奥にひっそりと展示されていた。自然光が入る他の展示室とは違い、その場所だけは晴れの日の午後3時でも薄暗かった。見逃しそうになった理由は暗さだけではなかった。その作品だけが他の作品の10分の1程の大きさだったのだ。この展覧会ならではのサプライズだろう。閉館時間が迫りさらに暗くなるその場所に思いを馳せた。(髙久華)
▼展覧会のタイトル『空間に、自然光だけで、日高理恵子の絵画を置く』が示す通り、作品が展示されているというより、置かれているような空間だと感じた。空間の広さは、作品のさらに外側への広がりを感じさせた。自然光だけが照らす空間の中で、作品は時間によってゆっくりと見せる顔を変えていく。5点という決して多くはない作品数だったが、人工照明の下で作品を鑑賞する時とは異なる経験をすることができた。(喜田かりん)
▼展示室に入ると、作品までの距離と空間の余白に意識が向いた。日高が考える〝距離〟や〝空間〟が反映されているかのようだった。作品がぽつんと置かれている様は、展示室というより居室のように見え、「この空間で過ごしてほしい」という展示の意図が伝わってきた。作品に近づくと、遠くからは見えなかった濃淡やかすれ、岩絵具の質感に気づく。見上げた木との距離を縮めることは実際にはできないため、なんだか不思議だった。(齊藤愛琴)
▼この展示では、木を見上げた構図の絵など数点の作品を、自然光のみが差し込む空間で鑑賞できる。ホワイトを基調とする展示空間の中で、自然光の明るさや色が作品の表情を変える。屋外で木を下から見上げたときの感覚に近いものを感じた。アートテークの展示空間を媒体として作品と自然光との直接的な関係が成立してるからだろう。(中野夢輝)

取材・文=多摩美術大学芸術学科フィールドワーク設計ゼミ

【展覧会情報】
展覧会名:家村ゼミ展2023『空間に、自然光だけで、日高理恵子の絵画を置く』
会場:多摩美術大学八王子キャンパス アートテークギャラリー
会期:2023年10月11日〜27日

【作家プロフィール】
日高理恵子(ひだか・りえこ)
1958年東京都生まれ。85年、武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻修了。現在、東京を拠点に制作活動を行う。1995年から1996年まで、文化庁芸術家在外研修員としてドイツに滞在。2009年から多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻教授​​。主な個展に、国立国際美術館(大阪、1998年)、アートカイトミュージアム(デットモルト、ドイツ、2003年)、「空と樹と」(ヴァンジ彫刻庭園美術館、静岡、2017年)など。主なグループ展に、「Chikaku: Time and Memory in Japan」(クンストハウス・グラーツ、オーストリア、他巡回、2005-06年)、「Rising Sun, Melting Moon: Contemporary Art in Japan」(イスラエル美術館、エルサレム、2005-06年)、「Kami: Silence-Action」(ザクセン州立美術館銅版画館、ドレスデン、ドイツ、2009-10年)など。


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